可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『テルマ』

映画『テルマ』を鑑賞しての備忘録

ヨアキム・トリアー監督・脚本。ノルウェー・フランス・デンマークスウェーデン合作。2017年。


テルマは、生物学専攻の大学生。入学を機に親元を離れて一人暮らしを始めた。厳格なキリスト教徒の父トロンに育てられたテルマは信仰心に厚い真面目な女の子。コミュニケーションをとるのが苦手で、なかなか友人ができない。ある日、プールで化学専攻の女子学生アンニャに声をかけられる。アンニャはテルマと同じ数学の講義を履修していて、テルマが図書館で痙攣発作を起こし倒れたとき隣に座っていたのだ。テルマは社交的なアンニャに惹かれ、二人の関係は次第に緊密になり、友人以上のものとなっていく。ところが、テルマが発作の原因を調べるため入院している間に、アンニャは失踪してしまう。

テルマの持つ不穏な力が少しずつ明らかにされていく。アンニャが図書館でテルマの隣に座るシーンでは、引き寄せられるようにカラスがガラス窓にぶつかる。家具を持って下宿先を訪れた両親がテルマのもとを去る駐車場の場面では、3人がいなくなった後も画面は切り替わらず、風に揺れる木々が長々と映し出される。テルマのもとに少しずつ近づいてくる蛇のイメージは最後には、テルマの口から身体の中へ入り込んでいく。
他方で、キリスト教に関する話題がちりばめられる。酒場でコーラを飲むテルマが敬虔なクリスチャンであると知った男子学生が自分は論理的なものしか信用しないと宗教を貶めると、スマホの仕組みを説明するように言ってやり込める。テルマが幼い頃、トロンに手を蝋燭の火にかざさせられて地獄の火について教え込まされたエピソードをテルマがアンニャに語る。壁に向かって神に祈り、アンニャとの同性愛を悔いるテルマ
このような象徴的な場面の対比から、テルマの痙攣発作は、父トロン=キリスト教信仰によって押さえ込まれた、娘テルマアンチクライスト(魔力)とがせめぎ合っての結果だということが明らかになってくる。すると、上から地面をとらえるシーン、湖やプールの場面、鳥の飛翔や木々の揺れ、蝋燭の光が、地・水・風・火というキリスト教以前の四元素のイメージを積極的に採用し、キリスト教信仰に対する反抗を象徴していることにも気づく。父殺し=キリスト教・近代的価値観の否定という構造が構えられている。


凍結した湖を少女と父親が歩いて渡る場面から作品は始まる。父から離れて氷の下に泳ぐ魚を見つめる少女。そして、親子は森に入る。鹿を発見し、銃を構える父。そして、銃口は娘に向けられる。この冒頭のシーンの謎解きのように少女が大学生となった現在が描かれていく。次々と伏線が回収されていくのが心地よい。

そして、映像が美しく引き込まれる。悪魔的な能力への抗いがたさに説得力を生んでいる。

 

大学入学を機に少女は・・・という展開に、『RAW 少女のめざめ』を連想したが、『テルマ』の方が描写・演出ともに穏健で、より多くの人に受け容れられるだろう。