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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『フィリップス・コレクション展』

展覧会『全員巨匠! フィリップス・コレクション展』を鑑賞しての備忘録
三菱一号館美術館にて、2018年10月17日〜2019年2月11日。

ワシントンにあるモダン・アート専門の私立美術館フィリップス・コレクション。その所蔵品から、創設者ダンカン・フィリップス(1886-1966)によるコレクション形成の歩みを辿ることのできる絵画・彫刻75点を"A MODERN VISION"と銘打って紹介する企画。
作品の制作年ではなく、コレクションに加わった年によって分け、全7章で構成されている。

最初のセクションは「1910年代後半から1920年まで」。ダンカン・フィリップスは、アメリカ合衆国ペンシルベニア州の鉄鋼王を祖父に持つ。1912年に最初の作品を購入し、1918年には父と兄の死をきっかけに蒐集品を公開するギャラリーを母とともに創設した。1921年には19世紀建築の私邸に増築した一室に「フィリップス・メモリアル・アート・ギャラリー」を開館している。
最初に展示されているのは、クロード・モネの《ヴェトゥイユへの道》。村の外れにある家から中心部へ向かう道を描いた作品(1879年)。秋の穏やかな夕暮れ時、手前から真っ直ぐ正面に伸びる道には木々の陰が伸びる。道は奥で右手の家並みの方へ曲がる。道の左手にある斜面も道に沿って中央奥へと幅を狭めながら続くため、画面中央(街の中心部)へと吸い込まれるような力を感じる作品。展覧会冒頭にふさわしい。
ギュスターヴ・クールベの《地中海》(1857年)はフランスの南海岸を描いた作品。手前には荒々しい磯と打ち寄せて砕ける波、低い水平線には黒い雲が覆い始めている。ダンカン・フィリップスはロマン主義的な「崇高」を感じて美術館開館後間もなく入手したという。
本展出品のクールベのもう1点は緑の濃い中に岩肌を見せる崖をどっしりと描いた《ムーティエの岩山》(1855年)。川沿いの大木を中心とした農村風景に白い絵の具を散らしたジョン・コンスタブルの《スタウア河畔にて》(1834-37年頃)と並べ、静と動とを対比させたのが面白い。

続くセクションは「1928年の蒐集」。
ポール・セザンヌの《自画像》(1878-80年)は、取得した翌年、MoMAの快感記念展に出展された。ダンカン・フィリップスはMoMAの会館前の理事に就任し、6年間その運営に関わっていた。
ダンカン・フィリップスのコレクションはピエール・ボナールの作品が充実している。きっかけは1925年に《犬を抱く女》(1922年。セクション1に展示)を入手したこと。1930年にはMoMAのフィリップス・メモリアル・ギャラリーで米国内の美術館としての初のボナール展を開催している。セクション2で《リヴィエラ》(1923年頃)が、セクション3では《棕櫚の木》(1926年)、《開かれた窓》(1921年)が紹介されている。
ジャック・ヴィヨンの《機械工場》(1913年)は赤・青・緑などの色彩が直線・円・三角形といった形で乱舞するあざやかな工場内の光景。その色使いは、ワシリー・カンディンスキーの《秋Ⅱ》(1912年。セクション4で展示)に通じるものがある。

3つ目のセクションは「理想の蒐集品」。
1930年代の蒐集品。ジョルジュ・ブラックパブロ・ピカソの作品が並ぶ。
1930年、ダンカン・フィリップスは旧居全体を美術館にした。同年、フィンセント・ファン・ゴッホの《アルルの公演の入り口》(1888年)を入手するため、やはりゴッホの《アルルの野》を手放している。コレクションの理想を追求するため、作品の売却による資金捻出も行った。

第4のセクションは「1940年前後の蒐集」。
アンリ・マティスの《サン・ミシェル河岸のアトリエ》(1916年)が出色。裸のモデルが赤いシーツのベッドに横たわり、壁面には3枚の絵画が
リズミカルに掛けられ、椅子にも1枚の絵が置かれている。台の上に乗る㋡ひしゃげたような壺。床板の作る模様、シーツや天上の模様。窓外の建物。描かれたものに次々と目が向かうと同時に、複数の視点が同居している違和が面白い。
オスカー・ココシュカの《ロッテ・フランツォスの肖像》(1909年)は、伏し目がちで不安げな表情、何かをひっかくような手の仕種、身体を取り巻く青い影と頭部を囲む暗紫色の影とが心をとらえる。


5番目は「第二次世界大戦後」。
ニコラ・ド・スタールの《ソー公園》(1952年)は灰色と青色との色彩でまとめられた抽象的な風景画。斜向かいのドミニク・アングルの《水浴の女(小)》(1826年)のなまめかしい女性の後ろ姿の具象性と色彩との対比が興味深い。
ジョルジュ・ブラック《驟雨》(1952年)はノルマンディーの野を背景に、2本の木が描かれ、その手前に自転車が止められている。空を昏い雲が覆うが、青空も両サイドに見えており、右手にだけ白い細切れの線で雨が表されている。金色の輝きを表すような黄色い野は、天気雨のような不可思議な光景を示唆するのか。奇妙な取り合わせが印象に残る作品。

6つ目は「ドライヤー・コレクションの受け入れと晩年の蒐集」、最後は「ダンカン・フィリップスの意志」と題されている。
一番最後にオーギュスト・ロダンの《身体をねじって跪く裸婦》(不詳)が展示されている。最初のモネの作品と渦を描くような動きで呼応しているのが素敵だ。

会場の入口で出展作品のカードを切り出せるシートを配布していた。遊び方の指南まで記載されている。いい土産になった。2種類あるらしい。もう1種類のシートの作品の組み合わせが気になる。