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芸術鑑賞の備忘録

映画『ヴィヴィアン・ウェストウッド 最強のエレガンス』

映画『ヴィヴィアン・ウェストウッド 最強のエレガンス』を鑑賞しての備忘録
2018年のイギリス映画。
監督はローナ・タッカー。

 

 イギリスのファッションデザイナーであり、自身の名を冠したファッション・ブランドの経営者でもあるヴィヴィアン・ウエストウッドを取り上げるドキュメンタリー。本人のインタビューや同行取材を軸に、家族、スタッフ、モデルたちの証言を交えながら、彼女のこれまでの歩みを紹介する。

 

ヴィヴィアン・ウェストウッドは1941年にイングランド北西部に生まれた。画家を志すも経済的な理由で挫折し教師になることに。流行のファッションや音楽に憧れるごく普通の女性で、1962年にはデレク・ウェストウッドと結婚した。しかし世界を知りたいという衝動は結婚生活に飽き足ることを許さず、マルコム・マクラーレンとの出会いをきっかけに離婚する。マルコムとともにパンク・ファッションに深く関わったヴィヴィアンは、セックス・ピストルズの衣装を手掛けることで広く名を知られるようになる。衣服にメッセージやストーリーを込める彼女のスタイルはこのパンクの時代に醸成された。マルコムの才能に惚れ込んでいたヴィヴィアンだが、セックスピストルズの成功にしがみつくマルコムに見切りを付け、独自のファッション・ブランドを立ち上げる。その後、あるファッション・ウィークで知り合ったアンドレアス・クロンターラーの才能に気付いたヴィヴィアンは、彼との協業を開始し、彼とは公私のパートナーとなった。

 

ウェストウッドの「世界を見たい」との欲求は「理想の世界を見たい」を含意する。自らが深く関わったパンクのムーヴメントは体制を微塵も揺るがせることなく、むしろ体制が若者の自由を容認するプロパガンダに利用されたと回顧していたのが印象的。ヴィヴィアンのファッションが受け容れられず、テレビ番組で嘲笑されていた過去も紹介されているが、イギリスのファッション・デザイナー・オブ・ザ・イヤーに史上初めて2年連続で選出されたり(1990、1991年)、女王から Dame (デイム)の称号を与えられたり(2006年)、イギリス社会が「自由」のもとに反体制的な運動を飼い慣らしてく過程を見せられている気もした。

 

ヴィヴィアン・ウェストウッドとパンクとの関わり、本人の持つカリスマ性、グリーン経済への関与などが紹介され、原題"Westwood: Punk, Icon, Activist"がよく内容を表している。邦題『ヴィヴィアン・ウェストウッド 最強のエレガンス』の印象からすると、もっと衣服やファッション・ウィークの魅力を見てみたかった。