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芸術鑑賞の備忘録

映画『ファースト・マン』

映画『ファースト・マン』を鑑賞しての備忘録
2018年のアメリカ映画。
監督は、デイミアン・チャゼル(Damien Chazelle)。
脚本は、ジョシュ・シンガー(Josh Singer)。
原作はジェームズ・R・ハンセン(James R. Hansen)の『ファーストマン("First Man: The Life of Neil A. Armstrong")』

NASAのテストパイロットであるニール・アームストロングライアン・ゴズリング)は、X-15に搭乗中、大気圏突入に失敗してしまう。何とか再突入を成功させ、モハーベ砂漠に着陸するが、事故の原因はパイロットの精神的な問題であるとして、ニールは地上勤務となる。ニールが心中穏やかで無いのは、2歳半になる娘カレンが脳腫瘍の治療を受けているためであった。放射線治療などあらゆる手を尽すが、その甲斐も虚しく、ニールは、カレンを小さな棺に納めなくてはならなくなってしまう。カレンの治療のために応募を見送っていた有人宇宙飛行計画「ジェミニ計画」に応募したニールは、NASAの宇宙飛行士に採用される。宇宙開発競争でソ連の後塵を拝するアメリカは、月面着陸で一発逆転を狙う魂胆だった。その実現のため、宇宙飛行士たちには苛酷な訓練と膨大な学習が課せられていた。ニールは、採用面接で顔見知りになったエリオット・シー(パトリック・フュジット)と打ち解け、向かいに住むエド・ホワイト(ジェイソン・クラーク)ともよく話し込む仲になった。妻のジャネット(クレア・フォイ)もホワイトの妻パトリシア(オリヴィア・ハミルトン)と気心を通じさせていた。エドは一足先にジェミニ4号でアメリカ人初の宇宙遊泳を成功させると、ニールもジェミニ8号の船長に決まる。ところが、その矢先に、エリオットが事故に巻き込まれ亡くなてしまう。

冒頭から宇宙の恐ろしさ、宇宙飛行の緊張感を体感できる。ニールが登場するX-15は大海原で波に翻弄される小舟のよう。こんなにがたつく機体で大気圏外を飛行していたのか、と。この後に出てくる宇宙船も皆、頼りない。宇宙飛行士が身体的・精神的に苛酷な訓練に耐えなければならない理由が嫌でも分かってしまう。

ニールにとって娘カレンの喪失は途方もない衝撃だった。感情をあまり表に出さないニールが、カレンの葬儀の際、一人隠れて嗚咽するシーンが長く映し出される。エリオットの葬儀では、カレンの姿を一瞬幻視する。そして、ニールは、一人夜空の月を見上げる。地球と離れてしまった月(月の形成については諸説あるが)に親と離れてしまった娘を投影している。ニールが月に向かわなければならなかった必然が示されている。

宇宙飛行士になる以前からニールは同僚の事故死を経験していたことがジャネットの科白で知られる。そして、宇宙飛行士になってからも同僚の死を避けることができなかった。月面探査に向かうことになったニールに対する記者達の「一番乗り」になることについての質問の数々。ニールにとっては、亡くなっていった友や同僚たちとのつながりの中、たまたま自分の目の前に月面があったに過ぎないのであった。宇宙を体感した者の視野の広がりが、地上を這いずりまわる記者たちの近視眼を炙り出す。
そして、その感覚の違いは、妻との間にも、見えない壁を生んでいることがラストシーンで象徴的に示されている。