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芸術鑑賞の備忘録

映画『女王陛下のお気に入り』

映画『女王陛下のお気に入り』を鑑賞しての備忘録
2018年のアイルランド・イギリス・アメリカ合作映画。
監督はヨルゴス・ランティモス(Yorgos Lanthimos)。
脚本はデボラ・デイヴィス(Deborah Davis)とトニー・マクナマラ(Tony McNamara)。

スペインの王位継承をめぐってフランスと交戦中のイギリス。アン女王(Olivia Colman)は死産・流産・早世によって17人の子を全て失い、心身ともに病んでいた。そのため、幼馴染みのサラ(Rachel Weisz)を女官長として、身辺の世話から政務に到るまで万事を彼女に頼っていた。サラは戦争の英雄であるマールバラ公爵(Mark Gatiss)の夫人であり、第一大蔵卿ゴドルフィン(James Smith)とともに対フランス戦の継続を図っていた。そこへサラの従姉妹アビゲイルヒル(Emma Stone)が、サラを頼ってやって来る。サラに軽くあしらわれたアビゲイルは、父が没落したために最下級のメイドとなることしかできなかった。野心溢れるアビゲイルは、女王が脚の炎症で苦しんでいるのを知ると薬草を採取して塗り薬を作り、女王の寝室に入り込んで睡眠中の女王の脚に勝手に薬を塗布する。侵入を知ったサラはアンを罰したが、痛みが緩和した女王が取りなしたため、サラはアビゲイルを女王付きの女官に取り立てる。戦争の早期終結を図る野党トーリー党のロバート・ハーリー(Nicholas Hoult)はサラの影響力を排除すべく、アビゲイルに目を付け、アン女王の側近の動向を探るよう要求する。アビゲイルは、アン女王とサラと間に性的な関係があることを知って、サラにハーリーから接触を受けたことを報告するとともに、二人の隠された関係性を仄めかして自らの忠誠を訴えると、サラはアビゲイルの野心を悟り、二重スパイになるのではないかと訝しむ。

現代は"The Favourite"。アン女王の「寵臣」のことだろう。単数形であることからも、サラとアヴィゲイルが女王からの寵愛を求めて争う物語であることが分かる。とりわけアヴィゲイルが上流階級に返り咲くためにあらゆる手段を尽くす様は見応えがある。アン女王に取り入るために甘い言葉ばかり囁きかけるアヴィゲイルに対し、真の友人を自負し、ずけずけとした物言いをつけるサラの潔さも魅力的だ。そして、サラとアヴィゲイルとのどちらかをとるか決めかねて懊悩するアン女王の物語でもある。とりわけ、寝室に飼っているウサギが、亡くした子供の代わりになっていることが分かると(なおかつステュアート朝の後継者がいない状況を踏まえると)、アン女王の中にある悲哀が前景に立ち現れる。

アン女王については、この映画を見るまで、ほとんど何も知らなかった。手許にあったもので一番詳しい記述は下記の通り。

Anne was a popular queen, plump and unthreatening, proudly English and Anglican, the last of the true Stuarts, and argurably the last traditonal monarch, who "touched" for scrofula ( one beneficiary being the infant Samuel Johnson).  She was able to make important descisions about broad political orientations, and her wishes weighed with Parliament and the electorate.  She even attend debates in the House of Lords to put pressure on its members, and was the last monarch to try to refuse consent to legislation (the Scottish parliament's Act of Security of 1703).  But for reasons of personality, intellect and gender she could not be the head of the executive and commander-in chief like William.  Nor did she wish or attempt to have a brilliant court, like Charles II.  So by choice and necessity William and then Anne hastened the transformation of the English monarchy towards being a symbolic, popular, even familiar institution.
(Robert Tombs "The English and Their Hisotry" Vintage Books, 2016, p.313)

サラがジョナサン・スウィフトの名を出すシーンがある。アン女王の時代は、ジョナサン・スウィフトダニエル・デフォーの活躍した時代なのだった。

どこまでが史実に忠実で、どこまでが演出なのかは、よく分からない。豪奢でときに退廃的な宮廷での余興やダンスのシーンが魅力的。とりわけサラのダンスの振付けや、裸のおじさんにトマトか何かをな投げつけているシーンは明らかに奇を衒った趣向で印象的だった。レンズの歪みを敢えて活かしたり、(画面を切り替えるのではなく)カメラを180度ターンさせたりといったカメラワークも面白い。