可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』

展覧会『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』を鑑賞しての備忘録
東京都美術館にて、2019年2月9日~4月7日(前期は3月10日まで。後期は3月12日から)。


辻惟雄『奇想の系譜』が採り上げる、岩佐又兵衛狩野山雪伊藤若冲、曽我蕭白長沢芦雪歌川国芳に、白隠慧鶴と鈴木其一とを加えた計8名の絵画を紹介する企画(なお、下記で*を付した作品は前期のみ展示される作品)。

冒頭(ロビー階の展示室)は伊藤若冲の作品。会場に入ると、波しぶきをあげる鯨と向かい合う白象とが描かれた、海と陸、黒と白との対比を見せる《象と鯨図屏風》の大画面が目に入る。その向かいには、雌雄の鶏を六曲一双の計12の画面に描き、雄鳥の尾が動きの軌跡のように描かれた《鶏図押絵貼屏風》が展示されている。これらモノクロームの作品に次いで、《旭日鳳凰図》*をはじめとした鳥などを描いたカラフルな作品が続く。鶏や周囲の景物を写実的に描きながらアジサイの花のみ着物の図案のように画一的に描き込んだ《紫陽花双鶏図》、海棠の枝に目白押しのメジロを描くとともに、海棠や辛夷の花や葉を綿密に描き込んだ《海棠目白図》*、虫たちが数多く群がるヘチマの葉に、丸い虫食い穴や変色を描きこんだ《糸瓜群虫図》*などが印象的。
続いて、曽我蕭白の作品。赤い着物を腰に巻いて上半身裸の雪山童子が樹上で腕を広げ、それを樹下で見上げているとぼけた顔の青鬼を描いた《雪山童子図》の印象が極めて強い。虹を描いた《富士・三保松原図屏風》*や、奥行きがあり、眺めているうちに探勝の気分を味わえる《楼閣山水図屏風》*、フェルトペンで描いたような描線がユニークな《虎渓三笑図》*の印象が霞んでしまう。なお、最もアクの強そうな《群仙図屏風》(着色の文化庁所蔵のものも、墨画淡彩の東京芸術大学所蔵のものも)は後期に展示予定。

1階の展示室は長沢蘆雪の紹介から始まる。伊藤若冲の《象と鯨図屏風》と呼応するような《白象黒牛図屏風》が出迎える。それに向かい合うのは金地に孔雀の艶やかな姿を描いた《牡丹孔雀図屏風》、柿の実を抱えてとぼけた表情を浮かべた猿を描いた《猿猴弄柿図》、ナメクジとその軌跡を描いた《なめくじ図》、小さすぎて描いている内容が見えない《方寸五百羅漢図》、意図的なのか、畳目や朱が混じった署名が切迫した緊張感を与える《方広寺大仏殿炎上図》など風変わりな作品が目立つ。黒い牛と一体化したような牧童と闇に溶け込むような牧童とを描き、異界へと紛れ込まされるような《牧童図》*が忘れがたい。
続いて岩佐又兵衛の作品。《山中常磐物語絵巻第四巻》*(同第五巻は後期に展示予定)と《堀江物語絵巻》*は本展のハイライトだろう。とりわけ、金地の襖絵に囲まれた室内で、鮮やかな緑の畳の上に、赤い襦袢の女性の体が後ろ手に縛られたままうつ伏せになり、簀子に斬られた首が転がる、《堀江物語絵巻》における国司の妻の斬首シーンは圧巻。古来、斬首(処刑)はスペクタクルであったことを想起させる。《本性房怪力図》でも見られる、殺戮と笑みという状況が、死への恐怖と興味とを表している。地獄でなぜ悪い
次いで狩野山雪の紹介。《寒山拾得図》*は曽我蕭白に劣らないアクの強さ。拾得が寒山の肩に手を回しているのが何とも。《梅花遊禽図襖》は梅の木が横へ上へ斜めへとガクガクと伸びていく。襖という枠の中で精一杯背を伸ばそうとするならこのように伸びるだろうかと、梅の木の意思を感じさせる作品。版木いっぱいに人物を彫り込んだ棟方志功の作品も想起させられた。《龍虎図屏風》では波と一体化した龍の胴や、波の形に呼応するような虎の縞模様が興味深い。

2階の展示室は白隠慧鶴で始まる。《達磨図》(萬壽寺所蔵)は、似絵よろしく、描き直していったような複数の描線や短い運筆を重ねて表したもみあげなどちびちびと描いている顔と、一気呵成に描き込んだ衣紋との対比が面白い。手のみを大きく描いた《隻手》は「両手をたたけば音がするが、では片手の音はどうか」という公案を絵にしたもの。
続く鈴木其一は《貝図》が出色。無地に数種の貝と梅の実とを描いたもの。梅の実が単純化・図案化されたように描かれているのに対し、貝殻の模様は極めて写実的に描き込むことで、貝のデザインの美しさや不思議さが浮かび上がる。オランダのヴァニタスのように器やテーブルを描きこまず、マネの人物画に通じるような無地の背景にすることによってモダンな印象を見る者に与える。
最後は歌川国芳。最後に展示された、いずれも寺に奉納された作品が印象深い。浅草寺に奉納された《一ツ家》は老婆が童子を殺害しようとするのを娘が留めようとする劇的なシーンを描いたもの。片肌脱ぎの老婆が目玉が飛び出さんばかりに娘をにらみつけ、左手で娘の顎とつかむ。右手には童子を殺害するための刃物が握られている。童子はその首を差し出すかのように首を傾げている。新勝寺に奉納された《火消千組の図》は、描き分けられた大勢の鳶人足の表情が見飽きない。火消しの持つ鳶口がやや斜めに多数描き込まれ、向かい風のようにも見える横に走る木目に対してリズミカルな動きを感じさせる。左上方に画面に溶け込むように小さく描かれた家並みの効果も面白い。

 

江戸時代の絵画の魅力を感じさせる作品が紹介されてはいる。ただし、奇を衒ったような作品が多い。美術史からこぼれ落ちた作家に光を当て、美術史の書き換えを狙ったのが『奇想の系譜』だったようだが、出版から半世紀経った今でも、その認知度が上がり人気が高まったとして、「サブカルチャー」の印象をぬぐい去ることができていないのではないか。これらの作家を美術史に位置づけるのなら、「奇想の系譜」に連なる作家がどの作家の流れを汲み、後世のどの画家に影響を与えているのかを示すべきだろう。あるいは、美術史で「正統」と位置づけられている作品との比較対照があって然るべきではないか。少なくとも、紹介した画家たちの美術史への位置づけについての試論を図録に掲載するすべきであった。本展のサブタイトル(江戸絵画ミラクルワールド)、コピー(江戸のアヴァンギャルド一挙集結!)、ロゴ・デザインをはじめとするポスターやチラシのデザイン、図録の内容(企画趣旨と対談、作品解説はあるが、論文は一本も掲載されていない)に到るまで、美術史の書き換えようという姿勢は全く感じられない。