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芸術鑑賞の備忘録

映画『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』

映画『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』を鑑賞しての備忘録
2018年のイタリア・フランス・ドイツ合作映画。
監督は、クラウディオ・ポリ(Claudio Poli)。
原案は、ディディ・ニョッキ(Didi Gnocchi)。
脚本は、サビーナ・フェデーリ(Sabina Fedeli)とアリアンナ・マレリ(Arianna Marelli)。
原題は"Hitler contro Picasso e gli altri"。

2013年11月、ドイツの週刊誌『フォークス』は、コーネリウス・グルリットが秘匿していた美術品の存在をスクープした。ピカソマティスの絵画を含む1280点にのぼるコレクションは、コーネリウスの父で、ナチス政権で活躍した画商ヒルデブラントにより形成されたものだった。当局は前年に税務捜査でグルリット・コレクションを把握していたが、扱いに困り、公式な発表を行わないでいたのである。
ナチス・ドイツは支配地域で約60万点の美術品を「蒐集」した(10万点が未だ所在不明)。ヒトラーはウィーン美術アカデミーの受験経験があるなど美術に強い関心があり、自らの肝いりで開催した「大ドイツ芸術展」(1937~44年)では古典的・写実的な作品を優れた芸術として顕彰した。他方、ピカソゴッホカンディンスキーらの前衛的な作品を「退廃芸術展」(1937~41年)に展示するなどして国家から排除した。第二次世界大戦前から、富裕なユダヤ人のコレクションに目を付け、大戦が始まると、ERR(全国指導者ローゼンベルク特捜隊)を設立して組織的に美術品の掠奪を行わせた。ヒトラーには、青春時代を過ごしたリンツに、ルーヴル美術館に匹敵する美術館を建設する構想があった。また、ヒトラーの盟友ヘルマン・ゲーリングも、貴族趣味から、ヒトラーと競うように美術品を蒐集し、ベルリン郊外の豪邸「カリンハル」などにコレクションを形成していた。

ナチスの推進した「退廃芸術」排斥の理論的基盤を提供したのは、マックス・ノルダウの著作『退廃』であった。『退廃』は、前衛的な絵画に見られる肖像と障碍を持つ人物の写真とを並列して前衛芸術を難じるもので、チェーザレ・ロンブローゾの『犯罪人論』の影響を受けていた。

ユダヤ人のクォーターであるヒルデブラント・グルリットは、生き延びるためにナチスに手を貸した。グルリットは「私」である。巨大な悪ではなく、無数の「私」たちの存在がナチスの蛮行を可能にした。