可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『平成31年 新指定 国宝・重要文化財』

展覧会『平成31年 新指定 国宝・重要文化財』を鑑賞しての備忘録
東京国立博物館にて、2019年4月16日~5月6日。

2019年に新たに指定された国宝3件、重要文化財41件と、追加・統合指定された重要文化財13件のうちの1件、計45件を紹介する企画。彫刻のみ本館11室で、その他は本館8室に展示。なお、キトラ古墳壁画、木造金剛力士立像、琉球国時代石碑、ホジ6014号蒸気自動車の4件は写真パネルでの紹介。

大分県府内大友氏遺跡出土品のうち、《ヴェロニカのメダイ》が印象に残る。10円硬貨より小さい(目測)メダイには、広げられ皺の寄った布にキリストの正面像が描かれている。刑場に向かうキリストがヴェロニカから差し出されたヴェールで顔を拭ったときに聖顔が転写されたという「聖顔布」をモチーフとしたものだ。「聖顔布」は布教という観点のみならず、画家が社会的地位を向上させるためのプロパガンダとしても持ちられた点で興味深い画題だ。

(略)「聖顔」というテーマは、当然ながら聖なる図像に関する議論に置いて常に取り上げられ、その聖なる顔を布に写すという好意がキリスト自身によって行われたことが強調された。そして対抗宗教改革以降、カトリックの画家たちによって頻繁に描かれた。たとえばスルバランは15点近い作品を残しているし、エル・グレコもこのテーマをしばしば取り上げた画家であった。本展〔プラド美術館展、2018年〕出品作品(cat.5〔エル・グレコと工房《聖顔》〕)には、「聖顔」を描いた作品に典型的な特徴の幾つかが見られる。すなわち厳格な正面性や、布をカンバスもしくは絵画になぞらえて強調している点などである。そしてキリストは自らの顔を布に写すことを通じ、超自然的な画家でもあったということを信者に思い起こさせるのである。
 「画家としての神」というメタファー(隠喩)は、自画像を描く画家としてのキリストという考えとともに広まった。このような古代世界に起源を持ち、中世に形成され、そして近世のスペインで高い人気を呼んだ。天地創造の物語を分かりやすく説明するために、「画家としての神」というたとえが用いられたのである。同時に、芸術家たちやその擁護者たちは、絵画という行為を権威づけるために天地創造の物語を利用した。
(ハビエル・ポルトゥス(貫井一美訳)「第1章 芸術」解説『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』カタログ(2018)p.68。〔〕内は引用者補記)

「厳格な正面性」と「布をカンバスもしくは絵画になぞらえて強調している点」という「聖顔」の約束事が《ヴェロニカのメダイ》でも守られている。聖顔のイメージの伝播の力を思う。とりわけ正面性のスタイルが守られている点が興味深い。メダルに著される顔はプロフィールであることが多いにも拘らず、だ。宗教的な約束事であるために定番を守っているということ、貨幣のように流通を前提としないこと、(産地は不明だが)東アジアでは貨幣に肖像を描く伝統がないことなどが考えられる。

新しい日本銀行券に採用される予定の津田梅子の肖像の「左右反転」が話題になった。「聖顔布」のような制作過程を想定すると(版画のように)左右反転が生じることにもなろう。だが肖像写真をもとに制作するのなら、図像の真正性を担保することが価値の信頼性につながり得る。否、図像の真正性をなおざりにすることは、信用を保とうとの意思がないとのメッセージを発することになりはしないか。