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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『キスリング展 エコール・ド・パリの夢』

展覧会『キスリング展 エコール・ド・パリの夢』を鑑賞しての備忘

東京都庭園美術館にて、2019年4月20日~7月7日。

国内外の60点強の絵画による、モイズ・キスリング(Moïse Kisling。1891-1953)の回顧展。

本館1階では「キスリングとアール・デコの時代」、本館2階では「1910-1940:キスリング、エコール・ド・パリの主役」、「セザンヌへの系統とキュビスムの影響」、新館展示室では「独自のスタイルの確立」、「1941-1946:アメリカ亡命時代」、「1946-1953:フランスへの帰還と南仏時代」と題して作品が展示されている。

《アトリエの画家とモデル》(1938年。本館1階大客室に展示)は画面の右手前にイーゼルを前にした画家、左手奥の窓の前のベッドに背を向けて座るヌードのモデルを描く。画面の中で一番大きく描かれるのは画家であるが、床の板が作る直線がモデルに対して集中線のように働き、モデルに目を向けさせる仕組みになっている。同じ部屋を共有する画家・モデル・絵画作品群(画面右手奥)であるが、相互の微妙な距離感と歪んだ空間描写とによって、鑑賞者は一度にそれらを視界に入れることを拒まれるかのようで、それぞれが孤立した存在として立ち現れる。

《カーテンの前の花束》(1937年。本館1階大客室に展示)は花瓶に飾られた赤・白・黄・青・紫の花々に、背後にかかる赤・黄・青で鮮やかに彩られたカーテンが対抗しようとしている様が面白い。

《ヴァランティーヌ・テシエの肖像》(1927年。本館1階大客室に展示)はモデルの背後に"「"の形の枠のようなものが描き込まれているのが気になる。画中に描き込まれた枠組みは《ジプシーの女》(1929-30年頃。新館ギャラリー1に展示)にも見られる。

《花》(1933年。本館1階大客室に展示)は、青を背景に、ミモザの黄色と茶色の小さな花ががつくる凹凸が目をひく。本展に出品されている中ではミモザの花の黄色が一番明るかった(ミモザを描いた作品は他にも出展されているが、創造していたようも暗い印象)。

《赤い長椅子に横たわる裸婦》(1918年。本館1階大食堂に展示)。ティツィアーノの《ウルビーノのヴィーナス》やエドゥアール・マネの《オランピア》に連なる、横たわる裸婦像をキスリングは複数描いているという。そのうちの1点で、本展出品の横たわる裸婦像の中では一番魅力的(新館のギャラリー1には流線型が印象的な《長椅子の裸婦》(1938年)も)。本作品は赤と緑で統一された画面に、モデルの顔・乳房・腰などと、画面左手前の染付の平皿とそれに載せられた洋梨と林檎とが丸で呼応している。果物は熟した様子で濃い赤で塗られている。染付の白磁が赤く照り映えているのと、冷静な視線を鑑賞者に向けるモデルの頬が火照っているのも、エロティックな呼応を成している。

《ベル=ガズー(コレット・ド・ジュヴネル)》(1933年。本館1階大食堂に展示)のモデルは、作家コレットの娘(「ベル=ガズー」は母が付けた渾名)。赤・黄・緑のタータンのワンピースは、モデルの金髪と背景の鮮やかな緑とよく調和している。やや頭を傾け、こちらを見る姿が印象的。

《赤い長椅子の裸婦》(1937年。本館2階広間に展示)は、横たわるモデル(腰の部分が異様なまでに張り出して描かれている)の白い肌に対応した大きな影が印象的。女性の身体と壁がつくる斜めのラインも呼応する。モデルの、藪睨みのように別の方向を向く瞳が妖艶かつ特異な印象を与える。

《レオポルド・ズボロフスキーの肖像》(1916年。本館2階若宮居間に展示)は、画商の肖像画。なぜか椅子に座る画商に絵が立てかけられている、奇異な印象の作品。画家が画商に依存(売り出しを期待?)していることを表している訳ではあるまいが。

《女の肖像》(1921年。本館2階妃殿下寝室に展示)は、《ルシヨンの風景(セレのジャン・サリ橋)》(1913年。本館2階若宮寝室に展示)や《サン=トロペ風景》(1918年。本館2階若宮居間に展示)といった風景画における対象をマッスとして捉えるような描き方がモデルに適用されている。女性は、画面に対してそれほど大きく描かれている訳ではないが、オーギュスト・ロダンの《考える人》のような彫像のように、リアリティよりも量感を強調して表されているようだ。解説によれば、アンドレ・ドランの1920年代の肖像画に共通点が見られるという。

《シルヴィー嬢》(1927年。本館2階北の間に展示)は、白い肌が赤いドレスに映える女性像。小さな点で表された瞳が強い印象を与える。視線が遠くへ向かう様は、棚田康司の彫像を連想させる。

《ジプシーの女》(1929-30年頃。新館ギャラリー1に展示)は、暗がりの中に佇む、凜とした美しさを湛えた、黒い大きな瞳を持つ女性の上半身像。眉と目の水平、鼻筋が通った縦のライン、厚めの上下の唇がつくる水平というように顔の中で縦横のラインが安定した形を作っている。お下げが肩にそって曲がり”」”や”L”の形を作っているが、これが背景に描かれた”「”の形と呼応している。なお、《マルセイユの港》(1940年頃。新館ギャラリー1に展示)や《マルセイユ》(1940年。新館ギャラリー1に展示)といった風景画でも垂直と水平へのこだわりが見られる。