可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展』

展覧会『マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展』を鑑賞しての備忘録
三菱一号館美術館にて、2019年7月6日~10月6日。

プリーツに覆われたドレス「デルフォス」で知られるマリアノフォルチュニを紹介する企画。

展示は7つのセクションから構成される。3階展示室には、序章「マリアノ・フォルチュニ ヴェネツィアの魔術師」、第1章「絵画からの出発」、第2章「総合芸術、オペラ ワーグナーへの心酔」、第3章「最新の染色と服飾 輝く絹地と異国の文様」が、2階展示室には、第4章「写真の探究」、第5章「異国、そして日本への関心と染色作品への応用」、終章「世紀を超えるデザイン」が、それぞれ当てられている。

ファッション・デザイナーとして著名なマリアノ・フォルチュニは、スペインの画家として名が通った父と、芸術界一家出身の母の間に生まれた。豊かな家庭には古今東西の様々な文物があふれ、幼い頃から絵を描き、早くから写真機を手にした。また、リヒャルト・ワーグナーのオペラに感化されて「総合芸術」を志し、衣装のみならず舞台照明や劇場設計までも手がけた。

 

展示の前半では、自ら撮影した肖像写真とそれをもとにしただろう肖像画をはじめ、父の作品もあわせて、絵画作品が紹介される。父がスペイン絵画を研究したように、フォルチュニもスペイン絵画やイタリア絵画を模写して研鑽を積んだという。フォルチュニによる模写の中には、聖人が垂直落下するように現れる《聖マルコの奇跡》や、美徳や高貴を宙を舞う天使(?)として、無知を落下する人物として、見上げるように描いたジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの《無知に対する美徳と高貴の勝利》が含まれている。この浮遊と落下のイメージが、プリーツにより構成されるドレス「デルフォス」に連なる。「デルフォス」は様々なカラー・ヴァリエーションのものが会場の随所に展示されているが、とりわけ床に裾が広がるものは、円山応挙の巨大な掛軸《大瀑布図》の滝の落水を想起させる。この落下・急降下のイメージは、「デルフォス」の着想源とされる青銅像デルフォイの御者》が、1896年になって突如デルフィの古代遺跡に姿を現したことにも繋がる。遙かなる時を遡行する運動は、デルフォイの御者の現代への降臨=落下そのもではないか。あるいは、ティエポロの浮遊するイメージへの憧憬に、日本の型紙に表わされた雪輪文様への愛着とを重ね合わせることもできるかもしれない。雪は舞うのか降るのか。いずれにせよ、落下のイメージがつきまとう。だが、落下だけでは「デルフォス」が生き続けることはできない。再び降臨するため、「デルフォス」には上昇のイメージも隠されている。なぜなら、「デルフォス」はたたむのではなく、巻き取り、捩ることでしまわれるドレスなのだから。再び現れる(着用される)ための回転運動。それは上昇する力として働くだろう。そのとき、プリーツは立涌文となる。あるいは、「クノッソス」を巻き付けて、着用したまま回転運動を巻き起こすのも一興だろう。このようなことを考え合わせると、フォルチュニの肖像画に描かれた手が、なぜ縦に組み合わされていたのかが分かる。そこには上昇と下降とが暗示されているのだ。