展覧会『笹井史恵 漆芸展 空のさかな』を鑑賞しての備忘録
日本橋髙島屋美術画廊Xにて、2019年9月4日~23日。
主に金魚をモティーフにした笹井史恵の乾漆作品を展示。
アンリ・マティスの一対の切り紙絵《ポリネシア、海》と《ポリネシア、空》。サンゴとも波ともとれる縁取りがされた、青の濃淡で構成された市松模様を背景に、かたや魚が、かたや鳥が配される。前者には海底をイメージさせる線が海藻の根元らしきところに表現されているが、概して両者の差異はわずかだ。ひょっとしたら後者は海中から見た空をイメージしたのかもしれない。海(地)に、それとは反対に位置する無辺際の空あるいは宇宙を見ることで生まれる跳躍の力ないしエネルギーが感じられる。
キルメン・ウリベは小説作品『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』を次のように始める。
魚と樹は似ている。
どちらも輪をもっている。樹のもつ輪は幹のなかにできる。樹を水平に切ってみれば、そこに年輪が現れる。一つの輪は一年の経過を表わし、それを数えていくと樹齢を知ることができる。魚も輪をもっているが、それは鱗にある。樹と同じように、それを数えることで魚が何年生きたかがわかるのだ。(キルメン・ウリベ〔金子奈美訳〕『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』白水社2012年p.7)
魚と樹という意外な組み合わせを、輪(年輪)でつなぎ合わせてしまう、その類比の感覚。その詩的な跳躍力に魅せられる。
それでは、金魚と漆芸はどうだろう。
両者はともに生活の中で目を楽しませる。基本となる色に朱があり、そこには金(蒔絵)が添えられる。
田沼時代、田沼意次の侍医であった千賀法眼が浜町の二千坪の屋敷を買い、納涼の座敷の天井にガラスを張って金魚を浮かべたというエピソードは眉唾ものであるらしい(鈴木克美『金魚と日本人』講談社学術文庫2019年p.120~121)。話に尾鰭が付いたとしても、この挿話にはマティスに通じる、水(地)から空(天)への跳躍力を感じずにいられない。
笹井史恵の乾湿による金魚は、鯱のように、重力に抗って、尾びれを高く上方へとのばす。あるいは尾びれは風を孕んで大きく広がる。新種の金魚が天高く舞い上がる。