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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した 12人の画家たち』

展覧会『オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち』を鑑賞しての備忘録
横浜美術館にて、2019年9月21日~2020年1月13日。

パリ・オランジュリー美術館所蔵にされている、画商ポール・ギヨームによって築かれ、その没後に妻ジュリエット・ラカーズによって再編されたコレクション(146点の絵画から成る「ジャン・ヴァルテル&ポール・ギヨーム コレクション」)から13名の作家の69点の絵画を紹介する企画。

作品は原則として作家ごとにまとめて展示されている。
冒頭は、「ジャン・ヴァルテル&ポール・ギヨーム コレクション」の基礎を築いたポール・ギヨーム(アンドレ・ドラン《ポール・ギヨームの肖像》(1919))肖像画と、その没後にコレクションの内容を自分好みにアレンジしたその妻ジュリエット・ラカーズ(通称ドメニカ)の肖像画アンドレ・ドラン《大きな帽子を被るポール・ギヨーム夫人の肖像》(1828-1829))が並ぶ。《ポール・ギヨームの肖像》は、青いスーツに身を包んだギョームを描く。右手の燃えさしのシガレット、左腕で押さえた開いた本に加え、頭部をやや前傾するように、胸ポケットの灰色のハンカチーフをぶれたように描くことで、画面に動きを生んでいる。それに対し、《大きな帽子を被るポール・ギヨーム夫人の肖像》は、帽子の大きな鐔の円と、ドメニカの肩と腕とがつくる台形とによって、画面に安定感が生まれている。前衛的な作品を大胆に収集したギヨームと、古典的な作品を好んドメニカとを象徴するようで、本展のはじまりにふさわしい。
続いて、クロード・モネ《アルジャントゥイユ》(1875)、アルフレッド・シスレー《モンビュイソンからルヴシエンヌへの道》(1875)が並べられ、その後にポール・セザンヌのコーナーが続く。横に長い画面が印象的な《小舟と水浴する人々》(1890頃)と、静物画2点、夫人を描いた2点の計5点が展示されている。中でも《わらひもを巻いた壺、砂糖壺、りんご》(1890-93)は、リンゴを載せた白い皿や、その皿や壺などを載せている机
の天板の右側が浮き上がるように描かれているのが印象的。「りんごでパリを征服する」と静物画の刷新を宣言したというセザンヌを意気に感じて動き出す静物
描かれたモティーフが動き出すなら、視点を動かすのがアンリ・マティスということか。《ソファーの女たち(別名:長椅子)》(1921)は、画面中央の、海に向かって開かれたドアとその脇に座る女性を中心にとらえると、画面下部の赤いタイルを敷き詰めた床は下へ向かって落下するように見える。画面上部に対する水平の視線と、画面下部に対する俯瞰する視線とがつなぎ合わされている。また、長いすやテーブル、カーテンレール(?)などの直線が、奥に位置する屋外の海へ向かって「集中線」の効果を生
んでいる。《三姉妹》(1917)では、左のラベンダー色の服の女性と中央の花柄の服の女性に対しては水平の視点で、右の緑のワンピースの女性は膝で開いた本の紙面が大きく描かれているように俯瞰する視線で描かれている。面白いのは、3姉妹の組み合わせが、俯く右の女性と正対する二人の女性、緑のワンピースと暖色・黒のツーピース、頭頂部で団子をつくる髪型とショートヘアなどと2:1に振り分けられ、3拍子(強・弱・弱)のリズムを生んでいることだ。《赤いキュロットのオダリスク》(1924-25頃)は青にピンク、水色に赤といった花柄のパネルを前に横たわる赤いキュロットの女性を描いたもの。描き込まれるモティーフや色などの割に画面が落ち着いているのが不思議。マティスの作品は他に4点が紹介されている。
続いては、アンリ・ルソーの作品5点が並ぶコーナー。とりわけ目をひくのは《人形を持つ子ども》(1892)。赤い服の少女が白い服の人形と白い花を手に草原に座る。正面を見据える少女の姿は愛らしさよりも、中年太りのために首の(見え)ないおっさんのような印象。空気椅子のように椅子は見えず、足が深く草に覆われるように隠れているのも奇妙な印象を増幅する。《椅子工場》(1897)の建物に比して異様に小さい人物の黒い影など、独特な世界には中毒性がありそうだ。
ガリバー気分を味わわせる意図があるのか、ルソーの極小人物に続いては、パブロ・ピカソの巨大な女性像が鎮座するセクションが続く(ピカソの作品は全6点)。《布をまとう裸婦》(1921-23頃)は地母神を思わせる肉厚の身体の女性を画面いっぱいに描き込む。その重量感の割にくどくないのは、ピンク色の肌とクリーム色の布が穏やかな印象を生んでいるせいだろう。
本展でフィーチャーされているオーギュスト・ルノワールには1室が充てられ、8点が紹介されている。小西真奈美を思わせる風貌のモデルを描いた《手紙を持つ女》(1890頃)、ルノワールのお気に入りのモデル、アンドレ=マドレーヌ・ウシュリング(愛称デデ。後に女優となり、オーギュスト・ルノワールの次男で映画監督のジャン・ルノワールと結婚)を描いた《バラをさしたブロンドの女》(1915-1917頃)など、やはり女性像に魅力がある。《ピアノを弾く少女たち》(1892)は背景が塗り残されている油彩によるスケッチといった性格のもの(オルセー美術館所蔵の同名作品が「本画」に当たる)というが、ピアノを弾く少女に対して、その脇に立つ少女がより密着するように、またその目は閉じられているように伏し目に描かれることで、簡略な筆触と相俟って幻想的な印象が強められているように感じられる。
ルノワールの部屋を抜けると、パネル、映像、邸宅の絵画の設置状況を再現した模型などがポール・ギヨームを紹介するコーナーが設けられている。
後半は、再び、ポール・ギョームの肖像で始まる。こちらは、アメデオ・モディリアーニの手になる《新しき水先案内人ポール・ギヨームの肖像》(1915)だ。黒いスーツとハットに身を固めたポール・ギヨームは、ジョニー・デップにしか見えない。続く《アントニア》(1915頃)はジェニファー・ローレンス(『世界にひとつのプレイブック』出演時)にしか見えない。《ビロードのリボンの女》(1915頃)は誰だか分からない。
続いて、アンドレ・ドランの11点が紹介される(展覧会冒頭の2点を加えると、計13点)。《座る画家の姪》(1931)、《アルルカンとピエロ》(1924頃)、《美しいモデル》(1923)、《長椅子の裸婦》(1929-30)といった人物像を比べただけでも、かなり様々な描き方に取り組んでいるのが分かる。中でも《アルルカンとピエロ》のジョルジョ・デ・キリコサルバドール・ダリの絵画に通じるような荒涼とした空間で無表情に楽器を奏でる男たちや、《美しいモデル》の、乳房と腹部の脂肪がつくる曲線と背中から腰にかけての直線の対比、輪郭を崩すような筆触が印象に残る。《台所のテーブル》(1922-25)は台所の道具をテーマに描かれた極めて地味な作品だが、この図柄に注文が相次ぎ、画家に成功をもたらしたという。バゲットなど、キリスト教に結びつくモティーフが描かれているらしい。
次にマリー・ローランサンによる女性像5点。《マドモアゼル・シャネルの肖像》(1923)はマルク・シャガールよろしく(?)犬や鳥が飛び交う中にアンバランスな腕の長さのココ・シャネルを描いたもの。像主は受け取りを拒否したらしいが、明るさと暗さ、賑やかさと静けさといった対極の要素が同居する不思議な魅力を湛えた作品だ。
最後は、モーリス・ユトリロ6点と、シャイム・スーティン8点が並ぶ。例えば、人気の無い白壁の建物を描いたユトリロの《ベルリオーズの家》(1914)と、吊るされた牛の赤い肉がうねるスーティンの《牛肉と仔牛の頭》(1925頃)が対照的だ。スーティンの手にかかっては、切り花さえ屠殺された花になる(《グラジオラス》(1919頃))。