展覧会『アジアのイメージ 日本美術の「東洋憧憬」』(前期)を鑑賞しての備忘録
東京都庭園美術館にて、2019年10月12日~12月10日(前期)、12月12日~2020年1月13日(後期)。
中国・朝鮮の伝世品に対する近代日本の画家や工芸作家たちの眼差しをその作品の中に探る企画。
第1章「アジアへの再帰」は、川端龍子(2点)と杉山寧(4点)の雲岡石仏のスケッチを紹介する「雲岡石仏との遭遇」(本館1階大広間)、やきものを描いた静物画(絵画3点)などを展示する「静物画のなかのアジア」(本館1階大客室)、3人の画家(岡田謙三、藤島武二、安井曾太郎)の描いたチャイナドレスの女性像を比較する「チャイナドレスの婦人」(本館1階大食堂)の3節で構成。本展の核となる第2章「古典復興」は、石黒宗
麿らの陶磁に中国陶磁の影響を探る「生きのびる中国陶磁」(本館2階広間・殿下居間)、香取秀眞、高村豊周、津田信夫らの作品に商や西周の青銅器の与えた影響を見る「古代青銅器と工芸モダニズム」(本館2階若宮寝室・合の間・若宮居間)、工芸品における装飾の機能の変化を見せる「文様から〈装飾芸術〉へ」(本館2階殿下寝室・妃殿下寝室・新館ギャラリー1)、精緻な中国の竹・籐細工と、飯塚琅玕斎の作品を比較する「籐籠と竹籠」(本館2階北の間)、河井寛次郎と朝鮮白磁とを取り合わせた「李朝白磁と民藝運動」(本館2階姫宮寝室・姫宮居間)で構成される。第3章「幻想のアジア」(新館ギャラリー1・ギャラリー2)では、田中信行の乾漆作品、岡村桂三郎の14曲の板絵《百眼の白澤》、山縣良和の大規模なインスタレーション《Tug of War 狸の綱引き》が紹介される
。
「静物画のなかのアジア」(本館1階大客室)では、西洋で17世紀に確立し、19世紀に一般に普及した静物画を学んだ洋行の画家たちが、その手になる静物画に、東洋の古い壺を描き込んだのはなぜかと問いかけられる。藤島武二《アルチショ》(1917)は、赤と茶の太い島の敷布に置かれた(青磁に見えたが)李朝白磁の壺に活けられた花を付けたアーティチョークを描いたもの。右手前には花色(紫)と補色の関係にある黄色い本とその上にパイプが置かれている。敷布や本、パイプ、さらにはフランス語でつけられたタイトル(artichaut)からすれば、西洋の花器を取り合わせても良さそうなものだ。なお、解説では、「絵を描く根拠として、アジアが心の中で大きな意味を持ちはじめた」のだろうと推測されている。西洋の画家に対して日本の画家として立つというのなら日本の器でも良さそうなものだが(「1910年」後のため朝鮮半島も「日本」ではあったのだが)、大国主義や膨張主義を背景にアジア人意識が高まっていたのだろうか。この作品に限っては、意外とアーティチョークの和名が「チョウセンアザミ(朝鮮薊)」だからということはないのだろうか。
「生きのびる中国陶磁 黒釉褐彩・白地黒花」(本館2階広間)では、いずれも軽快な筆運びによる洒脱な絵付けが魅力的な《黒釉銹花草花文瓶》と《白釉鉄絵牡丹文瓶》との黒釉と白釉、着衣の有無・足の開閉・腕の上げ下げといった違いのある石黒宗麿の《白地鉄絵裸婦図鉢》と《白地黒絵踊子鉢》といった対句的陳列が面白い。
「古代青銅器と工芸モダニズム」(本館2階合の間)では、高村豊周《青銅斜交文花瓶》(1928)や香取秀眞《雷文花瓶》(1931といったアール・デコの流行を感じさせる作品へもしっかり目配せされている。
「生きのびる中国陶磁 五彩」(本館2階殿下居間)に展示されている富本憲吉《色絵罌粟大飾皿》(1941)は、器面に、赤い籠の中の青い花活けに2輪の罌粟の花が挿されている様を描く。罌粟の花を描くのではなく、籠の中の花活けに挿した花を描いているのだ。静物画に描きこまれうる皿を、静物画を描く画面として用いることで、飾皿(実用ではなく装飾)としての性格が強調されることになる。
「文様から〈装飾芸術〉へ 走獣文」(本館2階殿下寝室)では、クジャクが羽を広げたような樹木の存在に、驚くオスのクジャクと見とれるメスのクジャクとを配した髙野松山の愛嬌ある蒔絵《静動文庫》が印象に残る。
「籐籠と竹籠」(本館2階北の間)では、明の精緻な《四方籠花入》と飯塚琅玕斎の粗く歪んだ《花籃》の対比が面白い。
第3章「幻想のアジア」(新館ギャラリー1)は、第1章や第2章との連なりは感じにくいものの、岡村桂三郎の《百眼の白澤》が印象深い。リトルブラザーたちによる管理社会を象徴する無数の眼をもつ怪物。ギャラリーの一角に並べられた石黒宗麿らの魚文の作品との関係で、無数の眼が魚に見えてくる。北原千鹿《双魚衝立》を介して、本館1階大食堂のラジエーターカバーへも連なっていく。
『庭美新聞』と題された、出展リストと作家紹介、とりわけ第3章の作品を紹介する写真付きの記事などを掲載したリーフレットは優れた試み。できれば、館長(本展企画監修者)のインタヴューの完全版(あるいはそれに代わるエッセイ)や章解説も盛り込んで欲しかった。