可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 『線の迷宮〈ラビリンス〉Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿』

展覧会 『線の迷宮〈ラビリンス〉Ⅲ 齋藤芽生とフローラの神殿』を鑑賞しての備忘録
目黒区美術館にて、2019年10月12日~12月1日。

齋藤芽生の回顧展。《毒花図鑑》・《日本花色考》・《徒花図鑑》の各シリーズに加え、ロバート・ジョン・ソーントンの植物図譜《フローラの神殿》を展示する第1章「花の迷宮 齋藤芽生とフローラの神殿」(2階展示室B・C他)、、《晒野団地四畳半詣》や《香星群アルデヒド》のシリーズを中心に紹介する第2章「窓の光景」(2階展示室A他)、《密愛村》(Ⅲ・Ⅳ)・《獣道八十八号線》・《野火賊》・《暗虹街道》のシリーズから成る第3章「旅をする魂」(2階展示室A)で構成。1階ワークショップ室ではアトリエ(こたつ・書棚・衣装など)が再現されるとともに最初期の作品なども紹介されている。

 

ロビーに展示された《ロビリンス》(2012)で展示はスタート。マンションや雑居ビルのエントランス・ロビーに惹かれ制作されたという1組の絵画。作者を象徴する赤を配した絨毯や壁が空間を支配し、そこに天井電球がガラスや壁面などへ映り込むことで増殖する《ロゼット・ネビュラ・パレス》と、ピンクの床から緑の蓮がのぞく先にガラスの自動ドアが設置された《ニルヴァーナ・ハイツ》。鑑賞者が、作者の描き出す秘さ
れた空間へのとば口に立っていることが示される。作者からの招待状のようなものととらえてよいのだろう。

第1章「花の迷宮 齋藤芽生とフローラの神殿」で紹介される《毒花図鑑》(1993年)は、架空の植物の形態的特徴を図解するとともにその効能を解説する。効能が死に纏わるものばかりだが、比較的明るい配色や言葉遊びの植物名(「ザンゲーノ・ワルーゴ・ザンシタ」など)とが相俟って、一般的な図鑑のイメージのパロディという印象が強い。それに対し、今回合わせて展示されているロバート・ジョン・ソーントンの編集し
た植物図譜《フローラの神殿》は、一般的な植物図鑑のイメージからは外れている。例えば、《夜の女王》(1800年)では、画面手前に大きく花を配する一方、背景の夜の渓谷には満月に照らされた午前零時過ぎを示す時計塔が立っているのだ。廃墟を連想させるギリシャ風の柱を持つ四阿(《白百合》(1800年)・《ウィングド・パッション・フラワー》(1802年)など)や、黒雲が多う空の描写(《ドラゴン・アルム》(1801年))など、技術的な制約の問題もあろうが、暗い雰囲気を醸しているのは否めない。それに加えて、《植物に愛を射込むクピド》に愛する対象を害してでも手に入れようとの発想を、書斎で本を積み上げた机の傍らに花を持ち立っているリンネの姿に(《ラップランド人の服装をしたリンネの肖像》)に齋藤芽生の《監禁バラ》を重ね合わせるのは行きすぎであろうか。いずれにせよ、《フローラの神殿》が齋藤芽生の絵画と親和性の高い作品であることがよく分かる。

「窓の光景」としてまとめられた第2章だが、郊外の団地のイメージにした《晒野団地四畳半詣》(2006年)のシリーズは、《愛されすぎた狛犬の祠》、《夜薫る女心の寝殿》、《晒野団地金色堂》をはじめ、祠や祭壇といった閉鎖空間のイメージで構成され、窓から外に広がる光景への眼差しではなく、窓から中をのぞき込む窃視として描かれている。それは、蜂や蝶となって花心に向かって潜り込んでいく《徒花図鑑》シリーズで描かれた《其奥草》や《花形冠と黒衣蜘蛛》などに通じている。

第3章「旅をする魂」では、旅の光景に取材したシリーズが取り上げられている。だが屋外の光景であっても、《密愛村Ⅲ「密輸される乙女たち」》(2011年)のコンテナや、《密愛村Ⅳ 「蝉時雨を売る少女」》(2016年)の虫籠、《野火賊「修羅浜」》(2012年)の電話ボックスなど、密室から離れることはない。たとえ「ロードムービーの一場面」のように見えるとしても、それは作者が「水中バレエ」の演出として描いているのであって、所詮は水槽の中の世界で演じられているに他ならない。