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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『ラウル・デュフィ展 絵画とテキスタイル・デザイン』

展覧会『ラウル・デュフィ展 絵画とテキスタイル・デザイン』を鑑賞しての備忘録
パナソニック留美術館にて、2019年10月5日~12月15日。

画家ラウル・デュフィは、ポール・ポワレに見出されてテキスタイル・デザインに乗り出し、1912~28年にかけては、リヨンの絹織物製造業ビアンキーニ=フェリエ社のためにテキスタイルのデザインを提供していた。デザイン原画や下絵、テキスタイル、 復刻された生地による衣装などを通じて、テキスタイル・デザインの業績を紹介する企画。合わせて展示される油彩画16点により、画業も振り返られている。

第1章「絵画:生きる喜び 陽光、海、そして音楽」では、初期作品から1940年代後半までの12点の油彩画により、まずは画家としての業績を辿る。続く第2章「モードとの出会い」は、ポール・ポワレに見出されるきっかけとなったギョーム・アポリネールの詩集の挿絵やそれからのテキスタイル・デザインへの翻案を紹介する第1節「『動物詩集またはオルフェウスの行列』と木版画からの展開」と、ポール・ポワレビアンキーニ=フェリエ社との関係を紹介する第2節「ポール・ポワレビアンキーニ=フェリエ社とのコラボレーション」から成る。第3章「花々と昆虫」では、「薔薇」、「様々な花」、「花と葉」、「昆虫」といった自然をモティーフとしたデザインを対象別に、下絵や原画、織物やプリント生地などが紹介される。第4章「モダニティ」では、第3章で紹介した以外のデザインを、「モダン・ライフ」と「幾何学模様」に分けて展示する。出口付近には、《赤い水玉模様》、《サテンの花》、《薔薇と扇》、《アネモネとアラム》を用いて、舞台衣装デザイナーのアンソニー・パウエルがデザインしたドレスが設置されえている。

第1章の冒頭を飾る油彩画《グラン・ブルヴァールのカーニヴァル》(1903年)は、大きな建物が並ぶ通りに押しかけた群集が、緩やかな弧のタッチの反復により、一体感のある姿で表わされている。続く油彩画《モーツァルトに捧ぐ》(1915年)には視点・配置にセザンヌの影響が見られるとのことだが、鍵盤、ヴァイオリンの弦、楽譜の五線譜、鎧戸の板に直線が繰り返し表わされることやはり統一感が生まれている。デュフィ1920年前後に難物のヴァンスに滞在し、明るい空間や柔らかい輪郭といった作風へと転換したという。油彩画《サン=タドレスの大きな浴女》(1924年)は、画面中央にパンツ・スタイルの紺の水着をまとうふくよかな女性が大きく配され、画面上部に斜め上から俯瞰する形で海に落ちんばかりにひしめく家並みが描かれる。海の開放感を押さえ込むような力を感じる。油彩画《ピエール・ガイスマール氏の肖像》(1932年)では、青いスーツに身を固めた男性が椅子に腰掛けている。その背後には複数の絵画が置かれているが、壁面にかかる一番大きな作品は窓からの景色を描いた作品になっている。絵画に描かれた鎧戸と部屋の壁が同じ青として一体化してあたかも窓のある部屋の「だまし絵」のような観を呈している。油彩画《ニースの窓辺》(1928年)は左右の窓から臨む海辺の光景と、その窓の間に設置された鏡により部屋の内部を同時に描き出す欲張りな作品。ステージ脇からステージとそれ越しに観客席を描いた油彩画《五重奏》(1948頃)の解説には「音や空気といった実体のないものを表現するのに、色彩の与える影響は絶大である」とあった。また戦時下避難した南仏の都市ペルピニャンのアトリエのヌード・モデルを描いた油彩画《シャンデリアのあるアトリエ》(1942年)の解説には、デュフィが「自らの病気や世界の動乱が作品に反映されてはならない」と考えていたことが記されていた。
第2章前半では、ギョーム・アポリネールの詩集『動物詩集またはオルフェウスの行列』の複製が冒頭に展示されている。植物と一体化して花のような姿を見せる亀の甲羅(絹織物《亀》)や、像の図像の上から植物を重ね合わせた《仔象〔下絵〕》の色違いの連作が印象に残る。第2章後半では、ポール・ポワレのデザイン原案による、デュフィのテキスタイル《波》のブラウスと《ほたて貝》のスカートが、デュフィポワレとの協業を偲ばせる。布地用版木のとげとげしさと重量感とがまさに反転して、軽やかなテキスタイル・デザインを生み出す、その鮮やかな対照が印象に残る。
第3章では、油彩画《花束》(1951年)における、葉や花の上から描かれる輪郭線などの線の入れ方の大雑把さが印象に残る。木版画やテキスタイル・デザインの経験から、版木を重ねて柄を生み出す過程でのズレの妙味を知ってしまったのだろう。油彩画《赤いヴァイオリン》(1946年)でも台の上に載せられた楽譜とヴァイオリンを赤、白、青で大雑把に塗り分けている。背景に自らがデザインした《アラム》を描き込んでいるのも面白い。絹織物の由来を示そうとしたわけでもないだろうが、カイコやカイコガをデザインに取り込んでしまっている点に遊び心がある。
第4章では、木版の《ダンスホール〔紙の試し刷り〕》(1920頃)が圧倒的。ダンスするカップルや様々な楽器を揃えた演奏家たち、テーブルに着いた客や、給仕など、人々がひしめく活気あるダンスホールの情景に引き込まれる楽しいデザインだ。デュフィの、石榴のような濃い赤と赤、ピンクの3色で表わされた馬のテキスタイルを、オリヴィエ・ラピドスがスカート全面を大胆に切り取ったドレスが強い印象を残した。「脚が露出して動くたびに裾がたなびく」という。素晴らしい。