可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『名もなき生涯』

映画『名もなき生涯』を鑑賞しての備忘録
2019年のアメリカ・ドイツ合作映画。
監督・脚本は、テレンス・マリック(Terrence Malick)。
原題は、"A Hidden Life"。

1939年。オーストリアの山村サンクト・ラーデグント。農家を営むフランツ・イェーガーシュテッター(August Diehl)は、妻ファニ(Valerie Pachner)との間に3人の娘に恵まれ、幸せに暮らしていた。フランツは召集され、基地で訓練を受ける。ナチスの快進撃を伝えるニュース映画を見せられ、周囲が盛り上がる中、フランツは一人浮かない顔で佇んでいる。ファニとの手紙のやり取りと、ヴァルトラント(Franz Rogowski)という陽気な青年と知り合いとなったことがフランツの慰めとなった。フランスが降伏し、フランツは訓練を終えて帰郷する。フランツは母(Karin Neuhäuser)とファニの姉レジー(Maria Simon)の助けを得ながら、再び農業に精を出していた。だがナチス統治の影響は僻地の村にも次第に色濃くなる。村長(Karl Markovics)は移民によって退廃していた祖国が救われたとヒトラーを礼賛していた。ナチスの戦争に大義がないと信じるフランツは、兵役やナチスへ忠誠を誓うことを拒むことにする。フランツが考えを打ち明けた牧師のフェルディナント・フュアトハウアー(Tobias Moretti)からは、兵役拒否は死刑に処される虞があり良い結果をもたらさないと翻意を促されるが、それでも司教ヨーゼフ・フリーセン(Michael Nyqvist)と面会する機会を設けてくれた。だが司祭も「上に立つ権威に従いなさい」との言葉を引き合いに出して自重を促す。聖職者でさえ強制収容所へと送られる状況になっていた。フランツは次第に村の中で孤立していく。

 

始まりは真っ黒な画面。木立を抜ける風の音と鳥の声、そしてフランツの独白が重ねられる。高峰を望む山村の風景、農作業、フランツとファニとの出会いなどが、固定された広角のショットとともに、低いカメラ位置や手持ちカメラのブレなどを活かした映像で描き出されていく。召集されたフランツとファニとの間の手紙のやり取りは、映像にゆっくりとした独白を重ねる形で表現される。テレンス・マリック監督ならではの、映画ならではの世界。だが、本作は実話をベースにしており、ストーリーの骨格が明瞭である分、映像による詩という性格は弱まり、その分、理不尽な世界を乗り越える夫婦の情愛が際立つ。

フランツ(August Diehl)とファニ(Valerie Pachner)の夫妻が信念・信仰を貫こうとする過程で、数々の「誘惑」が、その信念・信仰を試すかのように降りかかるのは、聖人伝を読むかのよう。農村という共同体での暮らし、ファニの姉レジー(Maria Simon)が独身であること、フランツが父を戦争で亡くしていることも夫妻の立場をより難しいものとしていた。

Franz Rogowskiが要所で出演し、印象を残す。彼の主演作である『希望の灯り(In den Gängen)』(2018)と『未来を乗り換えた男(Transit)』(2018)は見て損はない。