可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 風間サチコ個展『セメントセメタリー』

展覧会『風間サチコ展「セメントセメタリー」』を鑑賞しての備忘録
無人島プロダクションにて、2020年2月8日~3月8日。

新作である《セメントセメタリー》と《セメント・モリ》を中心とした風間サチコの版画展。

《セメントセメタリー》は、石灰石を採掘する秩父武甲山の変化を表した9点組のフロッタージュ作品。下段の左から右へ向かって5枚、中段は右から左へ3枚、上段は山頂のような1枚と、山の形とその登攀を擬えるようなインスタレーションとして展示されている。版画における版木を制作した後、インクを載せて刷り出すのではなく、版の上に紙を敷いて版の凹凸を擦り取っている。複数の版を制作するのではなく、1枚の版木を彫り進めている。そのプロセスは、そのまま石灰岩鉱床の採掘をなぞり、さらに不可逆的性格を持つことが強調される。山頂から階段状に掘削が続き、山そのものがあたかも神殿かピラミッドであるかのように変容し、最終的には山の向こうに高層ビル群が蜃気楼のように浮かび上がる。切り出された石灰岩によって生み出された都市の墓標、「セメント」による「セメタリー」(墓地)を作家は幻視するのだ。

《セメント・モリ》は、石灰石の坑夫の立像を描いた版画5枚が鶴翼状に吊されている。その手前にはその画像を生み出した版木が墓石のようなコンクリートの上に安置されている。近代初頭(?)の作業着を纏う坑夫がヘルメットを被り、ドリル状の腕を持つアナクロニズムやサイボーグは、中空に吊されて展示されていること(浮遊)から生じる非現実感や、中央の1枚を除いて同じイメージとなっている没個性と相俟って、鉱山で犠牲となった坑夫の亡霊を象徴するものと解される。作者は、石灰岩が珊瑚などの生物の死骸から悠久の歴史を経て形成されたことを踏まえ、坑夫の「自然」の「墓掘り人(undertaker)」としての性格に着眼したという。石灰石=化石(仏fossille)の坑夫は、墓掘り人(仏fossoyeur)なのだ。版画家(仏graveur)の」ほる=彫る(仏graver)」動作はやはり「ほる=掘る(仏fouiller)」に通じるのだろう。「はか=墓(grave)」と「はんが=版画(仏gravure)」はこじつけに過ぎようが。注目すべきは作者は版木を埋葬するかのようにセメントをまぶしていること。作品を動かぬものに変え(仏fossillser)てしまった。このインスタレーションに通底するのは死であり、作者からの「死を忘れるな(羅memento mori)」とのメッセージである。

「クロベゴルト」シリーズは、黒部第3ダムの建設を、ヴァグナーの『ニーベルングの指輪(Der Ring des Nibelungen)』4部作の「序夜:ラインの黄金(Das Rheingold)」に絡めて描いた作品群。力強い画面は、会場壁面の露出したコンクリートと共鳴して見応えがある。
また、アスワン・ハイ・ダムの建設計画に伴って移設されたアブ・シンベル小神殿の神像に擬えて、日本のダムの建設作業員を描いた版画とその版木とを併置した展示。発破の作業員が版木からは消されている。

他に、住宅をテーマにした旧作も展示。