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芸術鑑賞の備忘録

映画『ファンシー』

映画『ファンシー』を鑑賞しての備忘録
2019年の日本映画。
監督は、廣田正興。
原作は、山本直樹の漫画『ファンシー』。
脚本は、今奈良孝行と廣田正興。

長野県千曲市戸倉上山田温泉。ある郵便局に、サングラスをかけっぱなしの配達スタッフ鷹巣明(永瀬正敏)がいる。彼は、父・竜男(宇崎竜童)から刺棒と仕事場を受け継いだ彫師としての顔を持つ。暴力団の幹部を殺害して町に潜伏している新田(深水元喜)を客に抱えながら、昼はバイクに乗って黙々と配達業務をこなしていた。明が時折息抜きに訪れるのが、大量のファンレターの宛先である詩人・南十字星ペンギン(窪田正孝)の住まい。ペンギンは室内を冷涼に保ち、一人詩作に専念しており、明だけが外界の窓口となっていた。ある日、ペンギンのもとに文通相手の「月夜の星」(小西桜子)から「先生の妻になりたい」という手紙が届く。後日、「月夜の星」はペンギンのもとに押しかけ、そのまま居候することになった。

 

「郵便屋さん」こと鷹巣明(永瀬正敏)を中心に据え、彼の生い立ちや人間関係を掘り下げている点で原作を大いに改変している。郵便局の配達スタッフ(=昼=表)と彫師(=夜=裏)を軸とする2面性が、父親と息子、部下と先輩などと変奏しつつ繰り返し描かれる。
原作の主人公である「ペンギン」はペンギンから人間(窪田正孝)へと置き換えられている。ペンギンが詩という空想世界(ファンシー)の住人であることが、俗世と隔絶した暮らし、あるいは「不能」であることにより明らかにされている。「月夜の星」(小西桜子)との出会いに劣情を催したペンギンは、空想世界を離れて現実世界との「二足の草鞋」をはくことを試みるが、月を目にして断念する。眼前に立ちはだかった巨大な月の姿に、表しか見せない存在として自らを重ね合わせ、二面性の「郵便屋さん」に対し、裏表のない詩世界の住人としての生を全うしようとするのだ。

窪田正孝は「ペンギン」のきょとんとしたキャラクターをしっかり再現。
小西桜子演じるヒロイン「月夜の星」は、原作のキャラクター以上の魅力を放っていた。なお、小西は、三池崇史監督の『初恋』(2020年)でも、窪田正孝と共演し、窪田演じる生気を失ったボクサーを再生させるヒロイン役を演じている。
原作にないキャラクターでは、吉岡睦雄演じる頭のおかしい(?)郵便局員が煮えつくような印象を残して好感を持った。