可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 小池結衣個展『メゾチント』

展覧会『小池結衣展「メゾチント」』を鑑賞しての備忘録
十一月画廊にて、2020年4月6日~18日。

小池結衣のメゾチントによる銅版画展。

《銀河の引力》には、どこまでも広がる水面を一人ボートを漕いで奥へと進む人物が描かれる。手前左手には、一本の街路灯が立っているため、どうやらもとは池や湖ではない場所らしい。夜空には水面を照らす星が瞬くとともに、「ネガティヴ・ハンド」と呼ばれる手形の痕跡を思い起こさせる、たくさんの手のひらが覆っている。大地が水に浸された状況は、拠って立つ場(=基準)の喪失を表すのだろうか。そのとき、道標となるのは数々の作品(ものを作り出すこと=手)や自らの力(=手)であるかもしれない。そして、作者にとって、それは版画技法のメゾチント(mezzotint)であるに違いない。"mezzo"は形容詞では「半分の」を表すが、名詞には「手段」の意味がある。また"tint"には「色調」や「調子」を意味する。日本語の「手」は、「手段」にも「調子」にも用いられる。「メゾチント」とは複数の手のことでもあったのだ。《楽器》や《木Ⅲ》などにも繰り返し表される複数の手は、「メゾチント」を冠した展示にふさわしい。

《明けない夜もある》は墓穴を掘ってその中に横たわる人物を描いた作品。有明月が三度姿を見せ(三重に描かれ)ており、日が昇ることはないらしい。《静かすぎる夜》と相俟って、パンデミックの最中、終息を見通せず自宅に籠もる人の姿にも見える。すると、樹木に鎖で繫がれた人物が、その錠の鍵を自ら投げ捨ててしまう《自由よ》は、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を踏まえた警世の作品ということになろう。