可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『未来と芸術展 AI、ロボット、都市、生命―人は明日どう生きるのか』

展覧会『未来と芸術展 AI、ロボット、都市、生命―人は明日どう生きるのか』を鑑賞しての備忘録
森美術館にて、2019年11月19日~2020年3月29日。※2月29日以降休館し、そのまま会期終了。

近未来の環境やライフスタイルをめぐるプロジェクトや美術作品を紹介することを通じて、社会や人間について再考を促す企画。未来の都市計画を取り上げる「都市の新たな可能性」、新たな建材や建築手法を紹介する「ネオ・メタボリズム建築へ」、新たなテクノロジーがもたらす衣食住の変容を扱う「ライフスタイルとデザインの革新」、バイオテクノロジーやサイボーグとの関わりをめぐる「身体の拡張と倫理」、生き方や幸福について問う「変容する社会と人間」の5章で構成される。

SECTION 1「都市の新たな可能性」
フォスター+パートナーズの「マスダール・シティ」が、クリーンエネルギーを用いて、LRTやPRTといった交通システムを基盤に全てを徒歩圏内に納める、コンパクトな都市構造を具体的に提言していた。ヴァンサン・カレボー・アルシテクチュールの「2050 パリ・スマートシティ」の構想は、パリ協定に基づき2050年までに温室効果ガスの輩出を75%削減を狙ったもの。太陽光発電、植物を用いた空調など既に世界で実施されている取り組みから、建物全体で光合成を行う仕組みや、街区を生態系の回廊にするなどのプランが呈示されている。会田誠の《NEO出島》は霞ヶ関の上に人工地盤を造成し、アジアのハブとなる国際都市を建設する構想。映画『エリジウム(Elysium)』(2013)のスペースコロニーエリジウム」や、映画『アリータ: バトル・エンジェル(Alita: Battle Angel)』(2019)の空中都市「ザレム」のようなエリートのための空中都市をあえて霞ヶ関の上に設置するところに諷刺がある。
ビャルケ・インゲルス・グループの「オーシャニクス・シティ」やポメロイ・スタジオの「ポッド・オフグリッド」といった海上都市計画は既視感があり、MADアーキテクツの「山水都市リサーチ」は山水画の風景を建築デザインに落とし込んだだけの陳腐な内容にしか見えなかった。

セクション2「ネオ・メタボリズム建築へ」
ビャルケ・インゲルス&ヤコブ・ランゲの《球体》はネバダ州北部の砂漠に設置された50万分の1スケールのミラーボールのような地球。セクションのテーマとの関連は今ひとつ不明だが、巨大な「惑星」が突如姿を見せる様は圧巻だったろう。模型ではなく実物を見てみたかった。ハッセル・スタジオ+EOCの「NASA 3D プリンター製住居コンペ案」は、火星に人間の居住区を建設する構想。放射線から防御するためのドームを、先遣のロボット部隊に火星の表土を採取させた上、3Dプリンターの技術を用いて成型し組み立てさせるなど、居住施設建設のプロセスが映像・模型・写真を用いて紹介されていた。ロボット部隊のロボット(ユニット)がBB-8のように愛らしいのも魅力。ザ・リビング/デイビッド・ベンジャミンの《ハイ・ファイ》は菌類の働きでトウモロコシの茎と根などを固めてできた植物性煉瓦(軽量で透過性あり)10,000個によって建設された13メートルの塔。MoMA PS1に期間限定で設置され、解体後、肥料として周辺の花壇に散布されたという。アヒム・メンゲス/コンピュテーショナルは、植物のように、温湿度により開閉したり屈曲したりする素材を出品。WOHAの「オアシア・ホテル・ダウンタウン」は、シンガポールにあるホテル。建物の外周の赤色のメッシュを植物に覆わせている。エコ・ロジック・スタジオの「H.O.R.T.U.S. XL アスタキサンチン g」は、珊瑚の形をシミュレートして成型されたブロックに微細藻類を埋め込むことでつくられた光合成する建材を展示。グラマツィオ・コーラー・アーキテクツは、ドローンによってブロックを積み上げることで構造物を建設した記録映像を紹介。ニュー・テリトリーズ/フランソワ・ロッシュは、住人の深層心理や生理学的な情報を計測・解析することで、住人の隠れた願望に基づく集合住宅を建設するプランを提示。

セクション3「ライフスタイルとデザインの革新」
セバスチャン・コックス&ニネラ・イヴァノヴァや、クラーレンベーク&ドロスは菌糸体を用いた家具やインテリアを提案。長谷川愛は昆虫食の可能性に着目し、「エナジーバナナ」や「リラックス・ミント」といったカラフルな食用ゴキブリの作成キット《ポップ・ローチ》という架空の商品の広告を展示。ネクスト・ネイチャー・ネットワークは、映像により培養肉料理のレストランを案内。OPEN MEALSは、米粉、観点、大豆、海藻などをジェルにして3Dプリンターを用いて「マイクロピラー穴子」、「出汁スープユニバース」、「細胞培養マグロ」といったキッチュな寿司を製造する機械を提案。ウィメンズ・テクノロジー協会(Wotech)は交通整理をするロボットを交差点に設置。ロボットには賄賂を受け取らないという長所があるという。ヴァンサン・フルニエは、仕事に従事していないロボットがいる風景を写真で紹介。「レンタルなんもしない人」がいるなら、「なんもしない」ロボットがいてもいいだろう。マチュー・ケルビーニは、具体的な事故の瞬間に予測されるリスクを分析し、保護主義、利益保全主義、人道主義のいずれかの観点から最適解を導き出す自動運転アルゴリズムを提示。倫理的判断の再検討を迫る。

セクション4「身体の拡張と倫理」
遠藤謙の「Ototake Project」は、先天性四肢欠損の乙武洋匡に義足と義手を使って歩いてもらう計画。歩くという動作の複雑さの一端が可視化される。ディムート・シュトレーベは、フィンセント・ファン・ゴッホが切り落とした左耳を、彼の血縁者の細胞やDNAを用いて再建した《シュガーベイブ》を展示。あわせて森村泰昌による左耳切断後のゴッホの肖像《肖像(ヴァン・ゴッホ)》も近くに展示されている。森村は著書『自画像の行方』(光文社新書/2019年)において、「変えようのない人間の肉体という乗り物に乗りこんで一生をおえるという」基本設計図に大変動がおこっていると記していたが、その大変動の1つの現れとなっている。本展に関連して、歌声合成技術『VOCALOID:AI』と3D映像で「美空ひばり」に「復活」させる企画も行われていたが、気味の悪い映像と押しつけがましい科白とが相俟って、暗澹たる未来を照射して見事であった。「未来と芸術」と題した展覧会自体が中絶したのも合わせて暗示的だ。アギ・ヘインズは「変容」のシリーズで特定もメリットを身体に組み込んだ赤ん坊の姿を提示。身体改造のあるべき姿を問う。皮膚など人間の身体の一部を昆虫に組み込んだ、リー・シャンの「再構造案」シリーズや、人間とオランウータンの合いの子のような、パトリシア・ピッチニーニの《親族》も、アギ・ヘインズと同じ問題意識を共有するようである。『inseparable「変半身」』という舞台で動物(化石)のDNAを用いた「カジュアルな」遺伝子組換えがテーマとされていたことも思い出された。