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芸術鑑賞の備忘録

映画『サンダーロード』

 

映画『サンダーロード』を鑑賞しての備忘録
2018年製作のアメリカ映画。92分。
監督・脚本・音楽は、ジム・カミングス(Jim Cummings)。
編集は、ジム・カミングス(Jim Cummings)とブライアン・バンヌッチ(Brian Vannucci)。
原題は、"Thunder Road"。

 

制服姿の警察官ジム・アルノー(Jim Cummings)が教会で参列者を迎え入れている。これからジムの母の葬儀が執り行われるのだ。司会(Becky Nitschke)が故人を偲ぶ挨拶をした後、弔辞を読む息子のジムを紹介する。ジムは母親からもらったピンク色のラジカセを持ち込み、亡き母について語り始める。会計士としての仕事の傍ら、バレエ教室を開いていたこと。地元の学校にダウン症の生徒のための寄附を匿名で行っていたこと。ディスレクシアの自分が学習するためにラジカセを用意してくれたこと。弔辞を書いた紙が見当たらずに動揺するジムの心を母の思い出がさらに乱れさせてゆく。母の愛した曲、ブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」をかけようとするが、ラジカセは動かない。うまく伝えられるか自信がないと、歌詞を紹介しながら、ジムは踊り始める。唖然とする別居中の妻ロザリンド(Jocelyn DeBoer)。ざわつく参列者の中にはスマートフォンで撮影する人の姿もあった。司会に促されてジムは参列者席に向かうが、娘のクリスタル(Kendal Farr)はジムを避けるのだった。
ジムは、同僚のネイト・ルイス(Nican Robinson)を拾って署に向かおうと、ネイトの家に立ち寄る。ネイトはジムの精神状態を心配し、彼の妻セリア(Ammie Masterson)からの差し入れを手渡す。署の傍で奇声を上げている男(Frank Mosley)を見つけ、確保に向かう二人。最初は冷静に対応していたジムだが、男から物を投げつけられたりしているうちに我を失い、男に殴りかかる。既に暴言などでパトロールを外れるよう指示していたにも拘わらず暴行に及んだジムを見咎めた署長(Bill Wise)は、ジムに自宅待機を命じる。ジムはネイトに送られて家に向かうが、途中、事務用品店で降ろしてもらう。スキャナを買い求めるためだった。
ジムはロザリンドの住まいにクリスタルを迎えに行く。娘はジムのもとで過ごすことに乗り気では無く、ジムの自動車に乗るやいなや母親に何時戻れるのかと尋ねている。ジムはクリスタルを連れて母のダンス教室に立ち寄り、その後帰宅した。娘の泊まる部屋を女の子にふさわしいイメージで改装したが、古いベッドが良かったと今ひとつ満足してもらえないのだった。

 

母の死と娘に対する監護権の問題で、ジム・アルノー(Jim Cummings)の心は乱れに乱れ、時に抑えきれずに感情が暴発してしまう。ジムが一応まともでいるための細い線のようなものが切れずにいられるのは、ジムを見捨てないネイト(Nican Robinson)や、亡き母への思い、そして、何より娘クリスタル(Kendal Farr)への深い愛情があるからだ。観客はいつしかジムとともに細い線の上を綱渡りしていることに気付く。そこに本作品の不思議な魅力がある。
壁に貼った手のひらを描いた絵。その前に置かれた椅子。娘と「手遊び」を終えた彼がさらっと絵を剥がす。このわずかなシークエンスに主人公の魅力が凝縮されている。彼のリヴィング・ルームは、「ネガティヴ・ハンド」の刻印された祈りの空間なのだった。
そして、クロージング・クレジットで、「奇異な振る舞い」であったダンスは、彼なりの「文化」を表す尊い表現へと昇華する。
本作品とはテイストが全く異なるが、スティーブン・ソダーバーグ監督の『ローガン・ラッキー』(2017)を是非お薦めしたい。「サンダーロード」ならぬ「カントリー・ロード」に父娘の情愛が沁み出している。