可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ソワレ』

映画『ソワレ』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の日本映画。111分。
監督・脚本は、外山文治。
撮影は、池田直矢。
編集は、加藤ひとみ。

 

夜の海岸。波打ち際に佇む二人の影。
雑木が陰をつくっている橋の袂でスーツ姿の岩松翔太(村上虹郎)が白のスエットの人物から指示を受けている。翔太は階段を駆け上がると、橋の上で一人待っている老女の元へ歩み寄る。ごく短い言葉を交わした後、翔太は老女から紙袋を受け取り、再び仲介役の元へ。振り込め詐欺の「受け子」を引き受けていた。すっかり信じ込んでたな。また頼むよ。仲介役は紙袋の中の風呂敷に包まれた札束から数枚の紙幣を引き抜くと、翔太に手渡す。翔太は舞台の稽古場へ。既に稽古は始まっている。ホワイト・ボードには「リアル」や「リアリズム」の文字が躍っている。翔太が演じる番が回ってくる。演出家が途中で芝居を打ち切り、翔太に声を荒げる。権利書って大切なものだろ。なんでそんな簡単に差し出せるんだよ。台本持ってるのお前だけ。みんなから笑われてるよ。後日、翔太は、和歌山の高齢者福祉施設に演劇を指導するプロジェクトに参加する。初日から発声練習の最中に入所者が斃れるというアクシデントに見舞われながらも、地元を舞台にした安珍清姫の物語の稽古が進んでいく。ある晩、洗濯機を回しながら劇団員と雑談していると、翔太も高校時代演劇部だったのかと訪ねられる。うちは演劇部無かったんで。でも映画撮りました。地元だろ、実家からそれ持って来いよ、上映会やろう。本当に興味あるんですか? 実家に戻ってDVDを探し出す。兄が翔太を見咎める。こそこそ帰ってくるなよ。いい加減、才能のある側に立つの止めたらどうだ。兄貴にはわかんねえよ。捨て台詞を吐いて、翔太は立ち去る。施設のスタッフの中に、高校を中退してすぐ働き始めた山下タカラ(芋生悠)がいた。ある日、タカラが寮の自室に戻ると、強姦致傷で入所していた父・大久保健治(山本浩司)が出所するとの通知が届いていた。インターホンの音が恐怖でしかない。男性の入所者から不意に腕を捕まれると、禍々しい記憶が甦り吐き気がした。入所者の一人・中町(花王おさむ)が行方をくらまし、タカラを含むスタッフとともに、劇団員たちも捜索に加わった。中町の姿を見つけたタカラは傍に駆け寄る。息子に会いに行かなきゃならん。私も一緒に行きますよ。中町はタカラを拒んで振り払い、タカラは思わず転倒する。他のスタッフが駆け付け、中町を落ち着かせる。タカラと親しくなった劇団員が、今晩の祭りに一緒に行こうとタカラを誘う。翔太が迎えに行くと、寮の部屋のガラス窓が突然割られる。翔太がタカラの部屋に駆け付けると、男がタカラにのし掛かって腰を使っていた。翔太が男を引き離す。逃げろとタカラに声をかける。だが、タカラは動かない。再び翔太が声を上げる。逃げろ。男が翔太に殴りかかりもみ合いになる。そこへタカラが男に向かって突進する。男が呻き声を上げる。タカラの手には裁ち鋏が握られていた。男は出所したタカラの父だった。翔太は逃げようとタカラに告げる。反応のないタカラに翔太は再び叫ぶ。逃げよう。二人は行く当てもなく、走り出す。

 

山下タカラ(芋生悠)が過去を断ち切ろうとして犯した過ちの場面に偶然居合わせた岩松翔太(村上虹郎)が、思わず彼女の手を取り、二人で逃げ出したその道行きを描く。
父親からレイプされ、逃げ場も救いも無かった少女時代を過ごした山下タカラの抱える悲愴感や諦めと、それでもすがりつかざるをえない希望にまで打ち拉がれる姿を芋生悠が熱演。どんな状況でも失われない彼女の清潔感が強い印象を残す。いい加減で流されやすいが情け深い男を村上虹郎がセクシーに演じる。
石橋けいの登場はワンポイントだが、あの母親役が素晴らしい。彼女の登場シーンで、過去・現在のタカラの置かれた状況が一瞬にして飲み込めてしまうのだ。
タカラが翔太のために乾燥機のボタンを押すシーン、二人が廃校に潜り込んでタカラが誰の記憶にも残っていないと打ち明けるシーンなどが、伏線として効果を発揮。安珍清姫の物語を重ねることで鑑賞者を「誘導」する手際も見事。なお、船には乗らない=乗らせないのが味噌である(これくらい仄めかしてもネタバレにはならないだろう)。
海はもとより、川、雨、コインランドリー、ホースによる散水に至るまで、水による演出が随所に現れる。とりわけ海(波)やコインランドリー(洗濯機・乾燥機)は「循環」を強調するようだ。