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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『和巧絶佳展 令和時代の超工芸』

展覧会『和巧絶佳展 令和時代の超工芸』を鑑賞しての備忘録
パナソニック留美術館にて、2020年7月18日~9月22日。

1970年以降に生まれの工芸家12人を紹介する企画。
「第1章:和」では、高下駄とブーツを組み合わせた《Heel-less Shoes》で知られる舘鼻則孝の作品14点(シューズ9点、絵画3点、オブジェ2点)、パステルカラーの器面にメタリックの釉薬を豪快に施した桑田卓郎のキッチュな茶碗16点、深堀隆介が透明な樹脂に描き重ねて生み出した立体的な金魚(5件9点)を、「第2章:巧」では、数字や電子回路基板を螺鈿で表した池田晃将の漆芸作品10点、繊細な赤絵の模様がモダンな印象を与える見附正康の九谷焼10点、山本茜による截金が様々な表情を見せるガラス器10点、髙橋賢悟による真空加圧鋳造によるアルミニウムの薄片で構成された供物のようなオブジェ10件12点を、「第3章:絶佳」では、透かし彫りや穿孔の透過する光を楽しむ新里明士の磁器10点、坂井直樹による錆を活かした鉄器11点、安達大悟による板染め絞りによる鮮やかなテキスタイル、螺鈿を用いて花鳥を表現した橋本千毅の漆芸作品10点、佐合道子による生命のうごめきを表す石灰岩のような磁器7点を、それぞれ紹介している。もっとも章立てに特段の意味は見出せなかった。

「第1章:和」
冒頭は舘鼻則孝の作品が並ぶ黒い空間。赤・黒・白で雷と黒雲とを表した絵画《Descending Painting Series》[014]、赤と銀の巨大な《Hairpin》[013]とその下に散らされた椿の花《Camellia Fields》[009]などの赤が映える。とりわけ、パルメット文様の散らした赤いブーツ《Heel-less Shoes》[002]など、高下駄とブーツを組み合わせた厚底・ヒールなしの靴のインパクトは強い。
続く桑田卓郎のコーナーでは、壁面にパステルカラーの器面に金や銀の分厚い釉が取り付けられた大きな茶碗(最大のものは大雑把に40㎤)が並ぶ[015-026]。展示ケースには、金の球体を台座に、赤い器面に水色の釉薬がこびりついた《茶垸》[030]。茶器の鑑賞の対象となった性格を推し進めて、一方で巨大化し、他方で釉薬自体や台座の独立したオブジェ化が狙われている。岡本太郎が《坐ることを拒否する椅子》を制作したように、飲むことを拒否する茶碗を制作している。
深堀隆介が透明樹脂に描き重ねてつくる金魚のオブジェは、とりわけ升酒の金魚を表現した《金魚酒 命名 長夢》[035]などによって、鑑賞するために囲われて改良されてきた生物と人間との歪な関係を炙り出す。上方からの鑑賞を前提とする作品の構造そのものからも、金魚に対する異なる視線へと誘う隠された意図が透けるようだ。

「第2章:巧」
池田晃将の螺鈿小箱《Error 403》[043]は映画『マトリックス』よろしく漆黒の器面に螺鈿で表された無数のアラビア数字の瀧が流れ落ちる。これら埋め尽くす数字自体が「閲覧禁止(403 Forbidden)」を表す一種の葦手となっているのが面白い。
見附正康の大皿《無題》[048]は、渦文の中心と見込みの中心とがずれているのが妙。回転する感覚を鑑賞者に与える。見込みの左右に2つの中心を描き、多数のS字を描く磁場を持つような大皿《無題》[046]も、見込みの中心とずれる2点の渦の中心が独特の違和を生み、鑑賞者を虜にする。
山本茜の《源氏物語シリーズ第十九帖「薄雲」(雪明り)》[056]は、截金で表した雪の結晶を五角柱のガラス器の中に浮かべたもの。角度により様々な表情を見せる。作品を置いた台の部分のみが白であったが、周囲も白にしたらまた異なるイメージが表れたように思うがどうだろうか。雪の結晶は六角形であるにも拘わらず、ガラス器を五角形にした理由も気になった。
髙橋賢悟の作品は白色で統一されていて、黒い展示空間に浮かび上がっている。「flower funeral」シリーズ[067-069, 071-074]は、ネアンデルタール人が死者に花を手向けていたというエピソードに触発されて生まれたシリーズだという。真空加圧鋳造によるアルミニウムの薄片でつくられた小花をヒトや動物の頭骨を形作っている。造型のユニットとなる小花とは別に表面にあしらわれる様々な花々は、頭骨の表す死から反転して生を表すのだろう。

「第3章:絶佳」
新里明士の《光器》シリーズ[076-080]は白い器体に施された透かし彫りが光の模様を浮かび上がらせる。透かし彫りのために強度に欠ける器に、より多くの光を取り込むために口縁を開くギリギリの挑戦が行われているらしい。その緊張感が白地に光の描く模様の清冽さを生んでいるのだろう。筐のような《穿器》[083-085]の整然とした幾何学的な孔がつくるモアレが美しく、その腰の滑らかなカーヴも魅力的だ。
坂井直樹による《「侘び」と「錆び」のカタチ》[086]はアール・デコ調の鉄のオブジェ。縦長の直方体に近い形を持ち、絡まる蔦のような植物的な複雑さを上下に表す一方、中間部の装飾は極力排することですっきりとした印象を生んでいる。繋がる線と断絶する線のバランスも見事で、見ていて飽きない。《「侘び」と「錆び」の花器》[095]は、壁の高い位置から吊された花器。不等辺の四角形、鈎に掛けられた湾曲した線など、ちょっとしたずれや屈曲が目を楽しませる。《「侘び」と「錆び」の花器》[096]は縦長の直方体に近い花器だが、縦の線が追加され、微妙に傾斜して底面に降りているところが見所。
海底の生物うごめきを表すような《原生の発露》[109]をはじめ、佐合道子の石灰岩のような磁器には、無数の生命体の持つグロテスクなまでの生の希求としての蠢動が感じられる。