可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 西村有個展『Around October』

展覧会『西村有「Around October」』を鑑賞しての備忘録
KAYOKOYUKI及び駒込倉庫にて、2020年10月24~11月29日(駒込倉庫は11月15日まで)。

乗り物やメディアを通じて「高速移動」する際に擦過する映像群。それらが渾然一体となって構成する「現実」をドライブすることで生まれるイメージを描くかのような西村有の絵画。
肖像は漫画のキャラクターのようで儚い印象がある。もっとも、三岸好太郎の蝶、山口薫の風景画、さらには熊谷守一を想起させるものなど、作品のタイプは実に多種多様だ。
《out of picture》には草叢の向こうに雲の多い青空を背に灰色の建物が立つ景色(一時期のみなとみらいを思わせる)が描かれ、画面左下から黄色い袖から出た手が右上の赤い風船に向かって伸ばされている。一見すれば、飛ばされてしまった風船を摑もうとする絵である。だが、そう単純な作品ではない。画面の四周には青い線が枠のように引かれ、風船はその青い枠の上に、画面からはみ出すように描かれている。絵の外へと風船が飛び出していく様子(out of the picture)を表現する意図が窺える。また、風船の背後にはもう一つの風船が重なるように描かれているのだが、風船は建物の手前にありながら青空の背後にあるように描かれている。ルネ・マグリットが《白紙委任状》などで行っているような騙し絵的な表現が用いられているのだ。しかも《out of picture》という作品自体が駒込倉庫という会場のガラス扉の外(out of the gallery)に掲げられている。絵画の形式に踏みとどまりながらも、絵画の外側へと手を伸ばす、絵画を更新しよういう野心が示される作品であり、展示手法である。
《after hours》には校庭であろうか、サッカーのゴールの背面から灰色のグラウンドやその奥に立つ薄茶色の建物(校舎?)が描かれている。主要なモティーフは、ゴールネット手前のサッカーボール。回転あるいは動きを感じさせるブレが表現されている。ネットの向こう側にも2つボールの影がうっすらと描かれている。掻い潜るのか突き抜けるのか、ボールは変幻自在にネットという境界を越える。
《walking an avenue》は、モノクロームに近い黒、グレー、アイボリーで、ビルの立ち並ぶ通りを行くハーフコートにマフラーをしてショルダーバックを肩に掛けた女性を描く。風景が左側に傾き、人物が透き通り、道路標識が輪郭とズレる。こうした描き方が、左方向に移動していく様子を強調する効果を生んでいる。
《synchronize》は黄色い猫、自転車の前輪、自動車がグレーにかすむ画面で重なり合っている。曖昧模糊とした世界では、猫は火の輪をくぐるトラになり、自転車の前輪は観覧車になり、自動車は時空を行き来するデロリアンになるだろう。あるいは、四つ足の動物(生物)、二足歩行のヒトが漕ぐ自転車(生物+機械)、エンジンで動く自動車(機械)の調和を幻視するだろうか。
《sleeping face》は緑衣の女性の「大首絵」。両手に左頬を載せて眠る女性の顔が描かれる。筆を右方向に刷くことで生まれる一種の効果線が深い眠りを印象づける。眠る女性の姿を腕がつくる三角形によって絶妙なバランスを保つ画面に表したアンリ・マティスの《夢》に通じる安定感がある。