可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『生命の庭 8人の現代作家が見つけた小宇宙』

展覧会『生命の庭 8人の現代作家が見つけた小宇宙』を鑑賞しての備忘録
東京都庭園美術館にて、2020年10月17日~2021年1月12日。

青木美歌、淺井裕介、加藤泉、康夏奈、小林正人佐々木愛、志村信裕、山口啓介の作品を通して、人間と自然との関係性を問い直す企画。

 

本館の正面玄関。ルネ・ラリックのガラスのレリーフに向かって左手にある第一応接室では、加藤泉の彫刻[IK3]がお出迎え。飛び出す大きな2つの目、その間の縦のラインのような鼻が口に接続する作家特有の胎児のような顔を持つ彫像がのっそりと立っている。頭にはシロフクロウが乗り、キツツキのような鳥やカブトムシが身体にしがみつき、足元にはトカゲや犬や馬などが寄り集まっている、展覧会の呼び込みにふさわしい作品。大広間の壁面には淺井裕介の縦4枚×横6枚の大画面の絵画《混血―その島にはまだ言葉がありませんでした》[YA2]が掲げられている。ヒト、動物、植物が渾然一体とした、言葉による分節が起きていない原初の世界のイメージ。連なりに循環(流れ)のイメージを生み出すことを血に託している(血の由来は映像作費《血を受け取る》[YA4]参照)。床やマントルピースには蝦夷鹿の骨を環状に組んだ立体作品《風の冠》[YA5]や《頭上の森》[YA3]が展示されている。アンリ・ラパンの《香水塔》が設置された次室の窓はカーテンが外され、山口啓介による、数々の植物が標本のように1つずつ収められた透明なカセットテープのケースが壁面を飾っている。それは大客室の同じく山口の《香水塔と花箱》[KY1]へと連なっていく。大客室と繋がる大食堂(ラジエータカバーには魚介のデザイン)は、エイのような身体を持つ人物の背に多数の飛行機が載っている彫刻[IK8]をはじめ、加藤泉の彫刻と絵画[IK4-11]で飾られている。[KY8]は、2階ベランダのペナント[IK13-14](モティーフも二等辺三角形の画面)とともに、正面玄関のルネ・ラリックのガラスのレリーフに表された翼を持つ女神と飛翔のイメージで繋がっている。人物(?)の胸像[IK9-10]は樹木でもあり、他の生き物が身を寄せるシェルターとしても存在し、第一応接室の彫像[IK3]とテーマを同じくする。絵画[IK4-5, 11]はあえて2つのキャンバスを上下に組み合わせ、あるいはモティーフをキャンバスに縫い付けてあり、接続が強調されている。大食堂に向かい合う喫煙室には、山口啓介の「原植物」と題されたエッチングのシリーズ[KY2]が紹介されている。《原生植物の花図》は花の部分と根の部分とが繋がる。青木美歌の《ひかりに始まる 光に還るーWonder》[MA1](1階小客室)の平面図のように見受けられようし、あるいは加藤泉の上下に繫がれた絵画[IK4-5, 11]も連想されよう。第1階段を上がると、2階広間の奥の壁面には巨大なドリトス(ドンタコス)のような(?)小林正人の絵画《Unnamed #66》[MK1]が鎮座している。若宮寝室をベッドのように占拠するのは湖を取り囲む岩山を描いた、康夏奈の《Panoramic Forest, Panoramic Lake》[KK2]。湖を取り囲むはずの山々を湖面に向かって見るような奇妙な鑑賞体験を味わえる。壁面には木々の重なりをスチレンボードの重なりで表現した「Chopped Forest」シリーズの3作品[KK3]。続く合の間には、康が凍った池に氷と雪とで市松模様を描き出す様子を撮影した《SHAKKI: black and white on the Lake》[KK4]などが紹介されている。隣の若宮居間の床には白い円形テーブルのような佐々木愛の《鏡の中の庭園》[AS1]が設置されている。漆喰による像は見る角度によって限りなく画面に溶け込んでいく。書庫には朝香宮家旧蔵の楽譜(メンデルスゾーン作曲の「春の歌」)に木漏れ日の映像を投影した志村信裕の《光の曝書(メンデルスゾーンの楽譜)》[NS2]、書斎のドーム状の天井には同じく志村のリボンが舞う映像《ribbon》が映し出されている。殿下居間・殿下寝室は、康夏奈の花[KK9-10]が(宇)宙に浮かびサボテン[KK12-KK22]が壁を覆う小さな植物園と化している。妃殿下寝室の壁面には佐々木愛《鳥たちが見た夢》が掛けられてる。ベランダにはおもりを付けられたぺらぺらの巨人[IK12]や五輪塔のような石を積み重ねた人物彫刻[IK15-16]など、加藤泉の作品が並ぶ。「重力の下降運動、恩寵の上昇運動」(シモーヌ・ヴェイユ〔冨原眞弓〕『重力と恩寵岩波書店岩波文庫〕/2017年/p.16)ではないが、石の下降運動と「巨人」の上昇運動を思わざるをえない(飛翔をイメージさせる前述のペナント作品[IK13-14]もある)。妃殿下居間では青木美歌のインスタレーション《光に始まる 光に還る》[MA3]が展開されている。北の間には小林正人の「自画像」であろう絵筆を咥えた青い目が印象的な茶色い馬の絵《名も無き馬》[MK2]が待っている。本館から新館へ向かう通路のガラスの壁面には山口啓介の《花波ガラス》[KY3]が飾られている。新館のギャラリー1では、小林正人山口啓介の巨大な絵画作品[MK5-6, KY4-11]が展示されるとともに、カーテンに仕切られた空間では志村信裕の映像作品《Nostalgia, Amnesia》[NS6]が上映されている。小林正人《タイトルなし(アーティスツ・ライフ)》の茶と黄で塗りたくられたキャンバスは、木枠に緩やかに張られているがためにたわみ、黄昏の光を浴びた水面のようだ。晩年のクロード・モネの描いた睡蓮の池に通じる境地を見出さずにはいられない。照明の落とされたギャラリー2では、青木美歌のインスタレーション《光に始まる 光に還る》[MA4]が設置されている。ガラスのオブジェはそれが置かれている台座としてのガラステーブルに映り込む。その反転して浮いている映像が美しい。ミュージアムショップの庭園側のガラス壁面には淺井裕介のマスキングテープを用いた壁画《魂があれば思い出すことができる》[YA7]が見られる。

 

生命の持つ連環(繋がり)、循環(流れ)、繰り返し・転写といったイメージや、生命を育む水のイメージを媒介に、8人の作家の作品の重なりや結びつきを思いながら会場を巡る楽しみがある。
もともと美術館として建設されていない建物には数多くの小部屋(=cell=細胞)が存在する。それらの部屋同士の繋がりを積極的に創り出すことで、生命に関わる連環・循環のイメージを生み出すよう工夫されている。
作品が高い位置や低い位置、あちこちに置かれているので配布される作品リストを頼りにしないと全てを見ることは難しい(上記で紹介した作品はリスト掲載作品全てではない)。