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芸術鑑賞の備忘録

映画『ホモ・サピエンスの涙』

映画『ホモ・サピエンスの涙』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のスウェーデン・ドイツ・ノルウェー合作映画。76分。
監督・脚本は、ロイ・アンダーソン(Roy Andersson)。
撮影は、ゲルゲイ・パロス(Gergely Pálos)。
編集は、ヨハン・カールソン(Johan Carlsson)、カッレ・ボーマン(Kalle Boman)、ロイ・アンダーソン(Roy Andersson)。
原題は、"Om det oändliga"。

 

雲の中のように、一面が灰色の靄で覆われている。遠くに、男性に背後から抱きかかえられた女性がその手を相手の腕に添わせているのが見える。宙に浮くような二人が徐々に近付いて来て、その姿が次第に大きくなる。
建物がひしめく市街を見晴らせる高台。断崖に向かって斜め横向きに置かれたベンチには、夫婦と思しき二人が腰掛けている。崖に近い側に座る夫はベンチの背もたれに左肘を置き、手前の妻は左脚をベンチに上げて左腕を背もたれに載せている。夕闇が迫る空には雲が広がり、辺りは弱々しい光に包まれている。二人は渡っていく鳥の群れに静かに目をやっている。鳥たちは隊形を変えながら、少しずつ少しずつ遠くへと離れていく。もう9月ね。ああ。

 

日常の何気ない場面から歴史的な出来事まで、場所も時間も様々なショートショートのような33のシーンから成る。ナレーター(Jessica Louthander)によって「~男を見た」のように始まる簡潔な解説が行われる。ちょっとした事件やトラブルが描かれることもあるが、ほとんどのシーンは「この人(たち)はこの後どうなる(する)のだろう」と、鑑賞者に想像させるための「余白」を生み出すきっかけと言って良い。この「余白」を大きくとった点に、作品の得も言われぬ魅力がある。
神の存在を信じられなくなった牧師と精神科医のように、同じ登場人物により明確に連作になっているものもあれば、冒頭の恋人たちのシーン(空、飛翔、接近。本編に登場して、廃墟)と本編最初の夫婦(地、着座、乖離、街並み)のようにモティーフやイメージにより緩やかに繋がるシーンがある。シーン相互の関係性を考えるのも面白い。
待つ者はいないだろうと思って列車から最後に降りて来た女、美容室の前で植木に水をやっている女性の前を通り過ぎて隣の書店の店先を覗く少年、望ものが分からないとバスで泣く男、恋人から全てはエネルギーが変化したものであってジャガイモになるかもしれないと言われ、トマトの方がいいと言う女子学生、土砂降りの中、娘の靴紐を結び直してやる父親、窓外にしんしんと雪の降る中、静かなバーで「とても素晴らしくないか?」と周囲に一方的に語りかける男、などなど。
原題の"Om det oändliga"は、英題の"About Endlessness"が直訳に近いようだ。Roy Andersson監督の"En duva satt på en gren och funderade på tillvaron"(2014)の英題はやはり直訳に近い"A Pigeon Sat on a Branch Reflecting on Existence"であったのを『さよなら、人類』としたため、「人類」の言い換え表現である「ホモ・サピエンス」が邦題に持ち込まれたのだろう。