展覧会『宮島達男「Uncertain」』を鑑賞しての備忘録
SCAI THE BATHHOUSEにて、2020年11月7日~12月12日。
デジタル数字を構成する7つの線をそれぞれ1つのキャンバスで表し、その7つの組み合わせにより数字を表す絵画「Painting of Change」シリーズ5点と、複数の1桁のデジタルカウンターを白い布に幾何学模様に貼り付けた「Unstable Time」シリーズ3点から成る宮島達男の個展。
発光ダイオードにより1桁のデジタル数字が表示されるデジタルカウンターが、9、8、7と次第に小さい数字を表していき、1の次は0ではなく明かり(表示)が消えることで、人の余命、生死を表現してきた作家。《Unstable Time S no.9》では、緑色に発光するデジタルカウンターが、白い布にDNAの二重螺旋構造を象徴するように螺旋状に配される。《Unstable Time L no.3》では、青色のデジタルカウンターが川の「よどみに浮ぶうたかた」を表現するように、白い布に取り付けられている。《Unstable Time C no.6》では、赤色のデジタルカウンターによって白い布に宇宙を表す「円相」が描かれる。「Unstable Time」シリーズにおいては、白い布がたわんだり、あるいは風により形を変えたりと変化がつけられているものの、これまでの表現が踏襲されていると言えよう。それに対して、「Painting of Change」のシリーズは、デジタル数字をモティーフにした絵画で、作者を象徴するデジタルカウンターが用いられず、カウントダウン(あるいはカウントアップ)が表れない。例えば、《Painting of Change 001》は、デジタル数字の「8」を構成する7つの線(4つの縦線と3つの横線)がそれぞれ微妙に形の異なる7つのギャンバスに表され、朱、紅、橙に塗り分けられたもの。10面の特殊なサイコロが用意され、サイコロを振って出た目に合う形にキャンバスが壁にかけられ、表示に不要なキャンバスは床に置かれる。この作品は一体何を表現しようというのか。「Uncertain」という展覧会タイトルは、量子の理に由来するらしい。すると「8」というデジタル表示は、1, 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8, 9のデジタル表示(発光)の全てが重なり合っている状態といえる。これは「1」で表される位置にも、「2」で表される位置にも、……「9」で表される位置のいずれにもあるというように、一種の「重ね合わせの理論」の表現であろう。鑑賞者が会場に足を踏み入れ作品を目にすることが「観測」であり、その「観測」によって「重ね合わせ」が「溶け」、特定の数字に「確定」することになる。そのため「サイコロを振る」という仕掛けをを導入したのだろう。「重ね合わせの理論」を象徴的に表現しようとするなら、LEDのデジタルカウンターをランダムに表示することで足りるのではないか。なぜサイコロを振り、壁面のカンバスを掛け替えるという手続を作品に組み込んだのか。それは作家にとって、デジタルの数字が人の余命を表現するものであったことを考えるべきだろう。生命科学技術による生命に対する人為的介入が一つ。そして、他者の偶発的な行動により生死が左右される現実を反映しようとすることが一つ。経済が数字に還元されて人(生命)の存在が抜け落ちてしまったように、現在の社会は疫学的な思考に支配され、命を数字で捉えることに慣れてしまった。今こそ生命に重みを取り戻さなければならない。そのためにもLEDのデジタルカウンターにはない、カンバスの重量感が必要となったのである。