可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 やましたあつこ個展『Utopia』

展覧会『やましたあつこ個展「Utopia」』を鑑賞しての備忘録
TAKU SOMETANI GALLERYにて、2020年11月28日~12月22日。

やましたあつこの「Utopia」をテーマとした絵画の展観。

展示作品中最大(130号?)の作品には、三つ編みを垂らした女性が伏し目がちに向き合い、右手を握り合っている姿が描かれている。お下げと腕とは、彼女たちを囲む何本もの植物の茎・枝に呼応するかのように湾曲する。植物や絡み合いといったモティーフの合わせ技で唐草文様を描き出しているとも言える。指切りをしていたり、身体を寄せ合っていたり、キスを交わしたりと、伏し目がちあるいは目を閉じたいじらしい(touching)女性2人と植物とを組み合わせた作品が目立つ。女性単体の作品では身体を抱えるように丸まった姿勢をとるもの、手だけを描いた作品では両手を合わせるもの、花を握るものなどが見られる。、
作品を特徴付けるのは、何より地塗りのザラザラとした質感だ。作品によってはあえて皺が作られている。触覚を視覚を通じて伝えるシボ加工のような画面は皮膚のメタファーだろう。そして、手に触れられる「現実」の表象と言い換えられよう。下地に対し、薄い金色の絵具がキラキラと輝く描画部分は、液晶画面の発光の比喩であり、オンラインの世界を表す。「現実」に重ねられる電子的データの生み出す「現実感」の世界。もはや両者は分離できず一体化して「世界」を構成している。男女ともにつるつるとした肌を理想とするのは人が液晶画面に同化したいという願望の表れであり、現実と現実感との混同の例証である。ところで「Utopia」とは"οὐ (=not)"と"τόπος(=place)"の合成による「存在しない場所」のことであった。オフラインとオンラインが融合する「世界」は、現実世界だけに存在するのでもなく、オンライン上だけに存在するのでもない。両者が融合するトポスである人に感知されるのみの「Utopia(存在しない場所)」なのだ。
新型コロナウィルスによる感染症が猖獗を極める中、人と人との接触は可及的に回避されるべきとされている。従来視覚優位の社会であったが、現実(オフライン)と現実感(オンライン)の融合が進む「世界」は、ますます視覚への比重を高めている。作品において多くの女性たちが目を伏せ、あるいは目を瞑るのは視覚を遠ざける態度を表すだろう。他方、握られる手あるいは重ねられる唇は触覚への回帰を象徴する。さらに接吻を通じた唾液の交感は、人と植物との一体的な感覚と相俟って、体液ないし水の循環をイメージさせる。画面上部から下部へと垂らされている絵具は、接触のない乾燥した世界に潤い(ぬめり)を取り戻す「理想世界」への希求である。