展覧会『名和晃平個展「Oracle」』を鑑賞しての備忘録
GYRE GALLERYにて、2020年10月23日~2021年1月31日。
沢山の透明の球でオブジェクトを覆う立体作品「PixCell」シリーズ2点、黒い油絵の具の酸化が生み出す画面を見せる《Black Field》、神鹿をモティーフとした立体作品《Trans-Sacred Deer(g/p_cloud)》、侵食作用による地形の変容を擬似的に表す「Dune」シリーズ5点、インクを噴出させる装置にキャンヴァスを送り込んで粗密の線を表した「Moment」シリーズ3点、透明な接着剤により画面に立体的な描画を施した《Catalyst #21》、コンピューターに制御されたレーザー光線により生成と消滅を繰り返すイメージを呈示する「Blue Seed」シリーズ2点、複数の球体とその支持体をライトグレーのパイルで覆った「Rhythm」シリーズ4点で構成される名和晃平の個展。なお、会場の入っている建物のエスカレーターのある空間(GYREアトリウム)には「Silhouette」シリーズの立体作品が設置されている。
冒頭には、最もよく知られている「PixCell」シリーズのカラス(《PixCell-Crow #5》)が挨拶代わりに設置されている。カラスに透明な球体が凝集する様子は、凝結核に凝結する水のメタファーでもあろう。雲核形成のイメージを介して、神鹿が雲の集合のように表されている《Trans-Sacred Deer(g/p_cloud)》に連なるからだ。さらに《Dune #16》は雲のイメージを呼び込む白と銀とで惑星の地表のような世界を生み出している。渓谷や罅は、水の浸食作用や水の蒸散による風化作用を思わせる。「Dune」のシリーズはもともと火星の砂丘の形成理論をコンピュータでシミュレーションした経験から生み出されたものだという。「Moment」シリーズは、インクを噴出させる装置に対してキャンヴァスを動かして描線を得ている。もともと装置を動かして描画していたものを支持体を動かす方法に切り替えて制作したという点で、あたかも天動説から地動説へのコペルニクス的転回が生じたかのようだ。天体のイメージで《PixCell-Crow #5》を思い返せば、あのカラスは金烏であったのだと思いたる。イームズ夫妻の手がけた映像作品『パワーズ・オブ・テン』よろしく、天体から一気にミクロの世界に急降下すれば、粘菌の増殖(《Catalyst #21》)やウィルスの浮遊(「Ehythm」シリーズ)が見えてくるだろう。
上述のシリーズが、マクロにせよミクロにせよ物質世界(宇宙)をテーマにしたものであるとするなら、「Blue Seed」シリーズは、創世神話に比することができるかもしれない。「光あれ」という言葉とともに世界が生み出されるように、青い光が小さな稲妻のように画面に現れ、不定形に見えるイメージを作るからだ。その後、生み出されたイメージは染みのような跡となり、さらには消えていく。生命の儚さを感じざるを得ない。このシリーズは、特殊顔料が塗布された半透明の板にUVレーザーを照射することで、ラピスラズリのような青の描線を得ている。その描線がつくるイメージは数秒の間に色褪せて消えていくのだ。植物の種子や胚珠をテーマとした3Dモデルの断面をモティーフとして、1つのイメージが描かれることもあれば、立て続けに複数のイメージが表れることもある。画面となる半透明の板が額の中に設置されることで絵画の形式をとっている。だが、そこに現れるのは絵画ではないし、映像でもない。UVレーザーとそれが作り出す残像のような変化であり、そのイメージはコンピュータのプログラムによりコントロールされているのだ。テクノロジーによる生命の創造を想起させる内容だ。また、常に変貌する姿を見せる(生成と消滅とを繰り返す)という表現形式そのものが美術の在り方を更新するかのような印象を残す。