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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『複製芸術家 小村雪岱―装幀と挿絵に見る二つの精華―』

展覧会『複製芸術家 小村雪岱―装幀と挿絵に見る二つの精華―』を鑑賞しての備忘録
千代田区立日比谷図書文化館にて、2021年1月22日~3月23日。

小村雪岱の装幀や挿絵の仕事を紹介する企画。

冒頭には、泉鏡花の書籍23点を中心とした「鏡花本」コーナーが設けられている(他の作家の書籍5点なども展示されている)。雪岱は、鏡花の指名により『日本橋』で装幀家デビューを果たしただけでなく、以降、ほぼすべての鏡花の作品の装幀を担当した。「小村雪岱」という名前も鏡花のアイデアである。雪岱の紹介に鏡花は欠かせないのだ。
その他のセクションについては会場が截然と区切られてはいない。泉鏡花を中心としたグループ「九九九会」関連の書籍20点、「九九九会」メンバーの力添えで携わるようになった新聞連載小説10作品の挿絵、雑誌の表紙絵・口絵・挿絵、大衆小説作家の書籍約40点、資生堂意匠部に在籍した際(1918-23)の仕事(PR誌など)が会場内の展示ケースや壁面にそれぞれ集められて展示されている。

【鏡花本】
『愛染集』[2]、『彌生帖』[4]、『鴛鴦帳」[7]、『愛艸集』[8]、『友染集』[9]、『鏡花全集』(春陽堂版。内容見本も)[17・18]、『斧琴菊』[21]、『星の歌舞伎』[24]、『雨談集』[27]などの鏡花の書籍23点を中心に、岡本綺堂『両国の秋』[28]など他の作家の書籍も一部紹介。
鏡花『紅梅集』[25]の表紙は緑の地に縦に置いた矢を横に並べている。左下に置かれた簪がアクセントとなっている。
吉井勇『麻の葉集』[32]は、水色の字に白く抜いて表した麻の葉文様の函に収められている。本の表表紙・背表紙・裏表紙のほとんどを青い海面が占め、裏表紙の左手上部3分の1から斜めに表表紙の左上のわずかな部分にかけて木場の家並みが直角三角形状に切り取られている。

【新聞連載小説の挿絵】
里見弴「多情仏心」[33・34]、邦枝完二「おせん」[35]、白井喬二「柳沢双情記」[36]、矢田挿雲「忠臣蔵」[37]、田中貢太郎「旋風時代」[38]、土師清二「旗本伝法」[39・40]については、掲載された回の新聞紙面自体を展示している。田中貢太郎「旋風時代」[43]、邦枝完二「おせん」[44]、邦枝完二「喧嘩鳶」[45]、矢田挿雲「忠臣蔵」[46]、邦枝完二「お伝地獄」[47]、村松梢風「綾衣絵巻」[48]については、小説と挿絵のみを切り抜いたものを展示している。さらに、試行錯誤の過程が窺える挿絵下図の紹介も行われている。
邦枝完二「お伝地獄」第125回(全227回)[47]の黒い流れの中に倒立した白い脚だけがのぞく作品のインパクトは凄まじい(脚だけがのぞく作品としては、長田秀雄「梨園十二曲の内 乳は薔薇色」『公団雑誌第19巻第3号[66]がある)。

【雑誌の挿絵】
『婦人の友』[56]、『演劇新派』[57]、『をとめ』[59]、『オール讀物』[86・87]などの表紙絵、川口松太郎「風流剣士」(『講談倶楽部』第28巻第4号)[51]などの口絵、邦枝完二樋口一葉」(『婦女界』第48巻第3号)[79]や三上於菟吉「敵討篝火河原」(『キング』第12巻第6号)[82]などの連載小説の挿絵を展示。熟れていなそうな乳房の女性の入浴姿を描いた「温泉場風景」という附録(『講談雑誌』第18巻第10号)[64]も。
雪岱の「美人」には鈴木春信など浮世絵の影響がうかがえるが、雪岱自身がどのような「美人」を理想としたか、自ら吐露している(小村雪岱「挿絵のモデル――個性なき女性を描いて」『ホームライフ』第1巻第2号[103])。

 君の繪になりさうな美人がゐるから㑹つてみないかと誘われることがよくありますが、㑹つてみてなるほど美人だと思つても直にそれを繪にしてみようといふ氣にはなるものではありません世の中に美人は多いでせう、しかし美人と繪になる美人とはまた違つたものですし、殊に私の場合少々厄介な注文がつきまとひます。私が好んで描きたいと思ふ女はその女が私の内部にあるもの、何といひますか一口にいへば私の心像ですこの心像に似通つたものを持つてゐる女です、そんな人を發見した時に私の好む女の繪が出來上るのです。
 (略)
 では個性のない人物を描いてどこに興味を置いてゐるのかといへば、私はあの能面の持つ力に似たものを狙つてゐるのです、能面は唯一の表情です、しかし演技者の演技如何によつては、それがある場合は泣いてゐるようにも見えまたある場合には笑つてゐるようにも見えます。つまり私は個性のない表情のなかにかすかな情感を現したいのです(略)(小村雪岱「挿絵のモデル――個性なき女性を描いて」『ホームライフ』第1巻第2号)

長谷川伸『段七しぐれ』の本冊[195]など木場を描いた作品は多いが、「木場は東京のうちで私の最も好きな景色の一つであります」で始まる雪岱のエッセイ「木場」(『改造』第22巻第6号)[83]では、春雨の降る中、傘を差して板の上で曲芸のような遊びをする娘たちを文字と絵とで表している。木材、雨、傘、娘という雪岱作品の重要なモティーフが鏤められている。

 材木を山ほど積んだ舟が一艘岸につないでありまして、岸の石垣の上から舟へ細い歩み板が渡してあります。折柄降り出した糸のよう樣な春雨の中を、材木問屋の娘さんでもありませうが、一人は島田、一人は断髪の年頃の女が、お揃いの蛇の目傘を肩にしてその細い板をしならせながら丁度玉乗りの女の様な格好で笑ひながら遊んで居りました。妙齢娘さんのその様子がいかにも木場の娘らしく見えました。(小村雪岱「木場」『改造』第22巻第6号)

直線の表現は雨や材木に典型的に現れるが、白井喬二「阿地川盤獄」(『サンデー毎日』第15年第20号)[102]では大量の冊子がつくる線に囲まれた部屋を描いている。

【大衆小説家の装幀本】
長谷川伸『段七しぐれ』[195]、子母澤寛『突っかけ侍』[199]をはじめとした大衆小説家の書籍40点強を紹介。
岡本綺堂『綺堂妖異集』[174]の表紙は、墨色の中に腰を屈めて壁につくように手を差し伸べて何かをのぞいてると思しき和服の女性とその隣に立つ男の子が描かれている。人物以外は描かれずに墨色に塗り込められているのが味噌。エドゥアール・マネ肖像画の背景やら、ジャック・ラカン現実界やら、様々な想像を膨らませる。なお、覗きをテーマとした作品として、邦枝完二「夏姿團十郎」(『サンデー毎日』第12年第37号)[101]も展示されている。

資生堂意匠部】
雪岱は、1918~23年にかけて資生堂意匠部に在籍した。PR誌の表紙絵や挿絵を描くだけでなく、資生堂独自の和文書体の基礎を築いた。