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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『香りの器 高砂コレクション展』

展覧会『香りの器 高砂コレクション展』を鑑賞しての備忘録
パナソニック留美術館にて、2021年1月9日~3月21日。

高砂香料工業株式会社のコレクション「高砂コレクション」を通して、主にヨーロッパと日本の香りの文化史を辿る企画。

「第Ⅰ章:異国の香り」では、ヨーロッパの香水文化の流れを展観する。まず、前史として、ギリシャ、ローマ、オリエントの香油・乳香などの容器を、古くは紀元前10世紀のキプロス島の香油壺[001]から12~13世紀のイスラーム文化のエメラルド・グリーンの香炉[038]まで39点で紹介している。続いて、ヨーロッパにおける香水瓶が展示される。17~19世紀の携帯用の香水瓶(18点)、マイセンやウェッジウッドなどの磁器製香水瓶(23点)、ボヘミアン・ガラスの香水瓶(13点)、ルネ・ラリックを中心としたアール・ヌーヴォーアール・デコの香水瓶(39点)、バカラなど香水メーカーの香水瓶(14点)である。マラカイトガラスの緑が印象的な天使文化粧道具セット[160]、ピヴェール社の商品のアルバム[175]、香水や石鹸のポスター、香水瓶(望遠鏡かもしれない)を持つ女性の肖像画(山寺 後藤美術館所蔵のエドワード・ジョン・ポインター《ミルマン夫人の肖像》)なども合わせて紹介されている。
「第Ⅱ章:日本の香り」では、香道具(23点)、香炉・香合(20点)、香木(6点)、香道伝書等(6件)などが展示されている。


【第Ⅰ章:異国の香り】

〔古代の土器・陶器・石製容器/古代オリエントのガラス製容器/イスラーム世界〕
既に紀元前3000年頃には、古代のメソポタミアやエジプトでは、宗教儀式において、香油、乳香、没薬が用いられていた。芳しい香りを天に届けることで神との交感を願い、一堂に会する者だちとの一体感を醸成するのに用いられたと考えられている。紀元前2300年頃にはメソポタミアでガラスが発明され、紀元前1600年頃からガラスの成型も可能になった。陶器では油分は染み出してしまう。石材の容器(紀元前3世紀の《アラバスター製筒形香油瓶》[009])なら油分は染み出さないものの、加工が困難である。ガラスは容器の問題を解決することになった。香水は、中世~近世のオリエントやイスラームにおける蒸留技術の発達の賜物である。
エメルルドグリーンが美しい《青釉香炉》[038]には、煙を通すための穴が楔(?)を突いて穿たれており、それがデザインのアクセントにもなっている。

〔携帯用の香水瓶〕
17~19世紀の携帯用の香水瓶18点を紹介。
携帯用の香水瓶の中には、カットガラス製の香水瓶の中央に引き出して使える望遠鏡が取り付けられているもの[051-052]や、黒瑪瑙(オニキス)が取り付けられ、チェーンによってネックレスにも使用できるもの[057]などもある。
日本からの輸出工芸品である《桐鳳凰文鎖付香水瓶》[056]は長径が2cmという極めて小さな香水瓶。菊花の組み合わせでできているチェーンも興味深い。

〔陶磁器製の小さな香水瓶〕
18世紀初頭にマイセンで白磁の開発に成功した。マイセンの7点を中心に磁器製の香水瓶やポプリポットを紹介(計23点)。
マイセンの《色絵香水瓶「若い娘を背負う修道士」》[058]は、右手に卵の入った籠、左手にアヒルを持ち、背中に麦藁を背負った修道士を模している。麦藁の中には若い女性の姿が隠れている。
ウェッジウッドの《女神天使文香水瓶》[071]は光沢のない落ち着いた青の地に白で女神と天使とが表されている。風に煽られる女神の裾、周囲に象られた蔦模様など装飾要素は少なくないが、清涼感のある上品さを保っている。

ボヘミアン・ガラスの香水瓶〕
六角形の独立した展示ケースに、《被せガラスエナメル金彩花文香水瓶》[082]を中心に13点を展示。
ボヘミアン・ガラスのコーナーでは最小の《被せガラス水玉文香水瓶》[088]は高さ5.5cmの落花生型の香水瓶。ピンク色の表面に白い縁取りの円が多数設けられ、1つ1つの円には他の複数の円が映り込む。

アール・ヌーヴォーアール・デコの香水瓶/ルネ・ラリック
ドーム兄弟の《矢車菊文香水瓶》[099]・《百合文香水瓶》[097]・《風景文香水瓶》[100]、エミール・ガレの《草花文香水瓶》[095]・《アネモネ文香水瓶》[096]・《木蓮文香水瓶》[094]をはじめとしたアール・ヌーヴォー期とアール・デコ期の香水瓶を紹介(計17点)。続いて、両期で活躍したルネ・ラリックの作品をまとめて展示している(20点。加えて、子のマルク・ラリックの2点も)。
レッツ・ヴィットヴェ工房の《赤色ガラス滴文香水瓶》[109]は、不透明の赤い瓶の表面にオタマジャクシのような黒いガラスが底から胴にかけて貼り付けられている。
ルネ・ラリック《香水瓶「シダ」》[119]は中央の楕円の中に女性の胸像を表し、周囲をシダの葉で埋め尽くす。女性像と蓋の緑が透明のガラスに表されたシダをわずかに緑色に染める。

〔香水メーカーの香水瓶〕
バカラの10点を中心に計14点を展示。
バカラ社の《香水瓶「太陽王(スキャパレリ社)」》[144]はサルバドール・ダリのデザイン。金の貝殻のような容器に入っているのは、太陽を模した香水瓶。金色の円の中には黒い鳥8羽が顔の表情をつくり、円の周囲には放射状にガラスが伸びている。太陽を載せている円錐状に積み上げられた台座と相俟って不思議な魅力を放っている。

〔さまざまな化粧道具〕
孔雀石(マラカイト)を模したガラスのマットな緑と彫刻のような造形(実際は成型)が印象的なクルト・シュレフォクトの《天使文化粧道具セット》[160]など20件を展示。

〔カタログ・ポスター〕
香水や石鹸のポスターとピヴェール社の商品のアルバムを展示(計10件)。
「ショコラ」を通称とする茶色い石鹸「〈ラ・エーヴ〉石鹸エクストラ」 のポスター[170]には、道化師のフッティと彼がコンビを組んだフランス初の黒人芸人ショコラが起用されている。フッティがショコラの顔に石鹸を押し当てて擦っている「信長的」動作をモティーフとしている。フッティとショコラについては、映画『ショコラ~君がいて、僕がいる~』(2016)に描かれている。
ピヴェール社の商品のアルバム[175]は、香水の絵の上から実際の商品ラベルを貼り付けた商品の見本帳。

【第Ⅱ章:日本の香り】
香道具/香炉・香合/香木/香道伝書等〕
仏教の儀式で香りが用いられたのが、日本の香りの嚆矢という。やがて上層階級の暮らしに取り入れられ、平安期には良い香りを競う「薫物合わせ」が流行し、室町期に至って「香道」へと発展した。
《鶴蒔絵香枕》[186]は、金蒔絵で表した飛ぶ鶴の周囲を朱漆に施した梨地で埋め、さらに系図香を左右対称に組み合わせた透かし模様を上部と表と裏の三箇所に入れた漆塗りの枕。内箱は黒漆に鶴を描いている。枕であるために直方体でありつつ上面が円弧を描いて凹んでいる点、系図香の力強くシャープな幾何学模様が、モダンな印象を強めている。
《波兎蒔絵毬香炉》[190]には、《波兎蒔絵旅櫛笥》などに見られる謡曲竹生島」に因んだ耳の長い兎が波を渡る「波兎」がデザインされている。内部には、ジャイロスコープの構造が仕込まれているという。
田口善國《渦縄文蒔絵香合》[197]は縄を巻き上げた様子をデザインしている。
香取秀真《玉兎紐香炉》[217]は蓋の鈕に玉兎(月)を象った銅製の香炉。