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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 柳幸典個展『Wandering Position 1988-2021』

展覧会『柳幸典個展「Wandering Position 1988-2021」』を鑑賞しての備忘録
ANOMALYにて、2021年3月6日~4月3日。

「Wandering Position」シリーズと「アントファーム」シリーズを展観する柳幸典の個展。大きい方の展示室では「Wandering Position」シリーズから大画面の6点(旧作と新作とを3点ずつ)を展示。小さい方の展示室では、「Wandering Position」シリーズの小作品5点と、「アントファーム」シリーズからの3点を紹介。

「Wandering Position」は、白い紙に赤い四辺形を描いたシリーズ。四辺形の縁は強調されるように繰り返し線が引かれて濃くなっていて、四辺形の内部には毛細血管、あるいは都市の道路網や通信網を思わせる罅のような線が描き込まれている。白い紙の上に蟻を放ち、その動きを赤いチョークでなぞることで得られたイメージだという。「アントファーム」の国旗をモティーフにした作品との関係からも、「白地に赤く」は「日の丸」を連想させる。だが、表されるのは圓ではない。四辺形であって、正方形や矩形でもない。直角や等辺を微妙にかつ周到に避けている。歪んだ形をしている。また、四辺形は画面の中心からややズレた位置に配されている。欠けたところがない状況(=圓)からは隔たり、なおかつ歪んでずれている。近代国家の枠組みの制度疲労の揶揄と捉えるのは短絡的であろうか。新作の1つでは、四辺形は左右に分裂してしまっている。画面中央側の辺よりも左右の側の辺の方がやや長く表されているため、分断はますます進行しそうな気配である。新作の1つ、唯一床に置かれた作品では、描画の際、境界を仕切っていた金具がイメージから外された状態で置かれている。箍が外れたこと、すなわち境界が溶けた状況を訴えるようだ。閉塞した境界の中で動き回る蟻はどうなるのだろうか。床の上の板に設置されたことで、この作品には漂流のイメージも付け加わっている。
国旗や紙幣を表した砂絵を収めた透明のケースに放たれた蟻がイメージを掘り崩していく「アントファーム」シリーズ。ヨーロッパの12カ国の国旗を繫いだ《EURO 2002》は、ヨーロッパの金融危機移民問題の予兆のように受け取れる。また、アメリカの1ドル紙幣をモティーフとした《One Dollar》は、アメリカ・ドルの基軸通貨としての価値が、ディエム(Diem)やデジタル人民元などに脅かされていることを表すだけでなく、"Wanderer"として「Wandering Position」シリーズに架橋する役割も果たしている。