展覧会『20世紀のポスター[図像と文字の風景]―ビジュアルコミュニケーションは可能か?』を鑑賞しての備忘録
東京都庭園美術館にて、2021年1月30日~4月11日。
字体の角に飾りがなく、線の太さが一定である「サンセリフ」の書体と、幾何学的図像とを調和するよう組み合わせた「構成的」ポスターを、竹尾ポスターコレクション(多摩美術大学寄託)からの130点で紹介する企画。
「インターナショナルスタイル」とも称される、戦後のスイスのポスターを中心とした「第1部:図像と文字の幾何学」[001-052]、スイスの「インターナショナルスタイル」誕生に影響を与えたロシア構成主義、バウハウスなどのポスターを紹介する「第2部:歴史的ダイナミズム」[053-070]、構成的ポスターが前提としてきた中立性が通用しがたくなった1970年代以降の作品を紹介する「第3部:コミュニケーションのありか」[071-130]の3部で構成される。
【第1部:図像と文字の幾何学】(1階展示分)
展示冒頭の大広間では、ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの、bという文字を中心にデザインした、トーンハレ(チューリッヒ)のベートーベンのコンサートの告知ポスター[012]、リヒャルト・パウル・ローゼの、ホルンのベルを真正面に捉えた写真が印象的な、チューリッヒ工芸美術館の楽器展の告知ポスター[006]、ハンス・ノイブルクの、チューリッヒ美術館のダダ展の告知ポスター[007]、カルロ・ヴィヴァレリによる、スキーヤーを描いた、フルムスの観光ポスター[025]が展示されている。マントルピースで展示されている雑誌『ノイエ・グラーフィク』の共同編集者4人の作品を一堂に集めている。
大客室に飾られているうち、ワルター・ケッヒの、SWBを画面左側に大きく配した、スイス工作連盟(Swiss Werkbund)の会議告知ポスター[003]、エルンスト・ケラーのチューリッヒ市立工芸美術館の製本業展の告知ポスター[002]、同じくケラーの、「イェルモリ 上質で格安(Jelmoli gut und billig)」とのキャッチコピーを、右端が切れた円状の線で囲むデパートの宣伝ポスター[001]は戦前の作品であるが、その他は戦後の作品。アルミン・ホフマンの、年の街路を平面的・抽象的に表した、バーゼル工芸博物館のバーゼルと未来の街並み展の告知ポスター[030]、同じくホフマンのリンゴのシルエットに"TELL"を添えた、バーゼル屋外劇場のウィリアム・テルの公演告知ポスター[031]などが並ぶ。
大食堂では、4つの線分あるいは弧を散らした、春のコンサート告知ポスター[008-011]や、青い画面を白い直線が交錯する清冽な印象の市民コンサートの告知ポスター[013]など、主にヨゼフ・ミューラー=ブロックマンがトーンハレのコンサート告知のために制作したポスターを紹介している。
【第2部:歴史的ダイナミズム】(1階展示分)
喫煙室では、ワレンチーナ・クラーギナの、建物が伸びゆく中、少々アンペルマン風の労働者が鉄骨の上を歩く姿を仰視する、ソヴィエト連邦美術展告知ポスター[064]、シュテンベルク兄弟の、見上げる構図で捉えた高層ビルを背景に両腕を伸ばしのけぞる女性が文字で作られた渦に巻き込まれるような、映画『カメラを持った男』の告知ポスター[062]、2つのパターンの女性像を3回繰り返す、横縞の組み合わせも印象的な、映画『隠れ家を探す6人の娘』の告知ポスター[062]の、3点のロシア構成主義のポスターと、同時期のドイツで制作されたカール・オットー・ミューラーのポスター2点[057-058]が展示されている。
【第1部:図像と文字の幾何学】(第一階段・2階展示分)
第一階段にはリヒャルト・パウル・ローゼの幾何学図形を用いたポスター[004-005]が展示されている。
2階広間には、エミール・ルーダーの、黒地に茶色がかったグレーで"beckmann"を画面上部3分の2に2段で大きく表し、右下に会場と会期を同色で表したマックス・ベックマン展の告知ポスター[027]や、年輪に太い直線を重ね合わせた、木材展の告知ポスター[028]などが掲示されている。
若宮寝室には、メアリー・ヴィエイラによるミニマルなポスター3点[046-048]などが展示されている。ブラジル人によるブラジリアの建築展の告知ポスター[047]では、"brasilien baut brasilia"というタイトルと、ブラジリアの座標(?)とが緑の画面に白い文字で表されている。左下に置かれた赤い小さな四角がアクセント。パンエア・ド・ブラジルのDC7C機の宣伝ポスターは、上下を青と緑とで2対1で塗り分けた画面に"dc7c panair do brasil"と円とを白で表したもの。空と大地と機体とを素っ気ないほどのシンプルさで示す。
合の間は、アルミール・マヴィニエの作品4点でまとめられている。展覧会告知ポスター[042-043]で用いられている、大小の円が波動を起こしているような模様が目を引く。4人の若い作家展の告知ポスター[044]は、赤と緑の画面を金色にも見える茶色の道が交差するシンプルな作品。
若宮居間はオトル・アイヒャーの作品4点を紹介する空間。1972年にミュンヘンで、1976年にモントリオールで開催された国際的スポーツイヴェントのためのピクトグラム[052]は、言語を介さないコミュニケーションの可能性を模索した作品。
北の間では、ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンのトーンハレのコンサート告知ポスター4点[016-019]を紹介。
殿下居間では、マックス・ビルによる展覧会告知ポスター4点[037-038, 040-41]を展示。
【第2部:歴史的ダイナミズム】(2階展示分)
書庫ではエル・リシツキーの、チューリッヒ工芸美術館のソヴィエト連邦展の告知ポスター[061]のみを展示。画面下部には建物を画面上部には空を背景に遠くを見つめるような朗らかな少年少女をモノクロームで表し、文字の部分に赤を差している。少年少女の額に赤い文字で記された"USSR"と、その文字の下の、少年の左目と少女の右目とが融合している(3つの目)が表されているのが印象的。
書斎は、ヤン・ヒチョルトの展示室に充てられている。4点[066-069]中、エミール・ノルデ展の告知ポスター[066]が、赤みがかった紙に"EMIL NOLDE"など展覧会の情報が青い文字で表されているのみで、エミール・ノルデの作風とはかけ離れているためか、印象的。
殿下寝室では、ヘルベルト・バイヤーの2点[054-055]と、テオ・バルマーの2点[059-060]を展示。バルマーの、バーゼル工芸博物館の写真100年展の告知ポスター[060]は、黒地に白で絞りを表したもの。
妃殿下寝室では、オイゲン・エーマン[053]、ベルナール・フランシス[056]、ヘルマン・アイデンベンツ[65]、ジャック・ナタン=ギャラモン[070]の作品を1点ずつ展示。
【第3部:コミュニケーションのありか】(妃殿下居間・新館ギャラリー1)
本館2階妃殿下居間で紹介されているジャン=ブノワ・レヴィの1点[113]を除き、全て新館のギャラリー1に展示されている。ウォルフガング・ワインガルト[071-081]、エイプリル・グレイマン[094-104]、スコロス=ウェデル[119-127]、ジャン=ブノワ・レヴィ[114-118]、ザイサン[129-130]、キャサリン・マッコイ[092]、ウィリアム・ロングハウザー[093]、オクタヴォ[128]、ジョルジオ・カムッフォ[105-112]、ウィリィ・クンツ[082-091]。
サンセリフの書体と幾何学的図像との調和による構成的ポスターは、第二次世界大戦の惨劇に対する反省から生まれた。民族主義や国家主義を乗り越えるインターナショナルなスタイルが希求され、データという客観的な情報だけを伝えることが企図された(第1部)。但し、その生成過程において、プロパガンダのためのデザインであるロシア構成主義も確実に影響を与えている(第2部)。また、客観的な情報伝達に徹することの不可能性への自覚が、構成的ポスターを解体していく(第3部)。
旧朝香宮邸の、作品と親密な距離を保てる空間で、シンプルかつ力強い作品群を浴びせられた後に、新館の広いギャラリーで見せられる1970年代以降の作品には、ほとんど魅力を感じられなかった。