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芸術鑑賞の備忘録

映画『ノマドランド』

映画『ノマドランド』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ映画。108分。
監督・脚本・編集は、クロエ・ジャオ(Chloé Zhao)。
原作は、ジェシカ・ブルーダー(Jessica Bruder)の『ノマド: 漂流する高齢労働者たち(Nomadland: Surviving America in the Twenty-First Century)』。
撮影は、ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ(Joshua James Richards)。
原題は、"Nomadland"。

 

2011年。ネバダ州エンパイア。かつてUSジプサムの城下町として栄えたが、鉱山の閉鎖とともにコミュニティは消滅した。ファーン(Frances McDormand)は夫とともに移り住み、USジプサムには、鉱夫の夫だけなく、自らも事務員として勤務したことがあった。皆が次々と町を去る中、一人留まり続けていたファーンも、遂に想い出深い町を離れることにした。ファーンが倉庫でバンに積む荷物を吟味している。亡き夫のデニムのパンツを手にすると顔に押しつけるように抱き締め、名残を惜しみつつ箱に戻す。卒業祝いに父から贈られた皿は持っていくことにした。倉庫の管理人として残っているスタッフと抱擁を交わし別れを告げる。ファーンは愛車の「ヴァンガード」に乗って出発する。荒野を抜ける道路には彼女の車のみ。ファーンはRVパークの受付に向かう。予約者のリストにはないねえ。「アマゾン」で調べて。ファーンはアマゾンの物流拠点で、年末商戦の臨時作業員として勤務することになっていた。ああ、あった。ファーンは指定されたスペースに車を停める。アマゾンでの勤務が始まる。みんな調子はいい? リーダーがスタッフに大きな声で呼びかける。安全のために必要なことは? 三点支持よ。広大な倉庫の持ち場で黙々と作業に従事するスタッフたち。食事休憩にはグループのスタッフたちとテーブルを囲み、質素な食事を取りながら談笑する。一番親しいリンダ(Linda May)とは就業後の時間をともに過ごす。「ヴァンガード」に招いて改造した車内を紹介もした。リンダはファーンにボブ・ウェルズ(Bob Wells)が主宰する車上生活者の助け合いのイヴェント"RTR(Rubber Tramp Rendezvous)"に参加しないかと誘う。ファーンは気分が乗らず、断る。アマゾンとの短期雇用契約が終了すると、RVパークの使用料が自己負担となる。ファーンは公共の職業紹介所に向かいすぐにでも仕事をしたいと告げるが、担当者は年齢もあって難しいと答える。年金を申請してはどうですか? 仕事が好きなの、働きたいのよ。ガソリンスタンドの傍に車を停めていると、ガソリンスタンドのオーナーから、ここは冷えるから近くの教会の宿泊所に泊まってはと勧められるが、断る。ファーンはアリゾナ州で行われている"RTR"へと車を走らせる。

 

夫を亡くした上、突然に住み慣れた愛着のある町を奪われたファーン(Frances McDormand)が始めた車上生活の日々を描く。仕事を求めて移動する中で、様々な車上生活者と出会って交流し、ファーンは生き方について思いを巡らせていく。
ホームレスとハウスレスとは異なるとファーンは主張する。だが、ファーンは「故郷」である町を奪われたのだから、「ホーム」レスになったと言える。それでも、「ホーム」を精神的な拠り所と捉えるなら、やはり「ホーム」レスではないのだ。
桜の季節のロードショーということもあり、「ハナニアラシノタトヘモアルゾ/『サヨナラ』ダケガ人生ダ」を思わずにいられない。そして、その一節は、本映画に登場する"see you on the road"に通じると解して良いのではないか。
スリー・ビルボード』(2017)で信念に基づいて突っ走る人物を演じきったFrances McDormandが、本映画でも深い喪失感を抱えながら常に前へ向かって車を走らせる不屈のキャラクターを造形した。
本映画に関心のある向きには、社会システムによる人間の尊厳の蹂躙を告発した、ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)の鑑賞をお勧めしたい。アメリカが舞台の作品なら、『パブリック 図書館の奇跡』(2019)も良い。
本映画は、ジョン・スタインベックの小説『怒りの葡萄』の流れを汲む作品と言えるかもしれない。