可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『Eggs 選ばれたい私たち』

映画『Eggs 選ばれたい私たち』を鑑賞しての備忘録
2018年製作の日本映画。70分。
監督・脚本は、川崎僚。
撮影は、田辺清人

 

ボウルに入った卵を菜箸で、かき混ぜる。菜箸がボウルに当たる音が規則的に聞こえる。

海外不妊治療の斡旋会社に、卵子提供の登録に訪れる女性たち。コーディネーター(三坂知絵子)に対して、それぞれが口にするドナー登録の動機は様々だ。謝礼を目当てに登録した葵(川合空)が部屋を出る際、入れ違いに入室したのは偶然にも従姉の純子(寺坂光恵)だった。純子は渡された書面に20~30歳との条件があるのに目が行く。私、もう少しで30歳になるんです。登録に問題はありません。ただ、卵子提供希望者とのマッチングまでの期間がありますから、登録しても提供の機会が訪れる可能性は低くなります。どのようにして提供するんですか。針を刺して吸引します。自身の卵子を冷凍保存する方法と同じです。身体への影響はほぼありません。稀に生理痛のような痛みを感じる方はいらっしゃいます。海外で行うんですか。国内では法整備がなされていませんから。純子は登録書面に名前を書いて、押印する。純子が建物を出ると、葵が待っていた。葵はキャリーバッグを引き摺っている。恋人と別れてネットカフェなどを転々としているという。純子がワンルームの自宅に葵を招く。卵子提供の件はお互いここだけの話にしておくから何ヶ月か居候させて欲しいと葵に頼まれた純子は断れない。バッグから荷物を取り出している葵のスマートフォンに何度も着信がある。出なくていいの? 別れた彼女からだからいいの。彼女? 純子が怪訝な表情を浮かべたのをレズビアンに対して差別意識があると勘繰った葵が出ていこうとすると、純子は慌てて偏見なんてないと葵を引き留める。ワンルームのシェアを始めてみると、純子は葵の行動が気になって仕方が無い。葵ちゃん、トイレの電気は消してね。葵ちゃん、私のプリンは? 葵は指摘を素直に受け容れているのかどうか、ちゃん付けを止めて欲しいということだけははっきりと純子に告げる。生活に気苦労が増えた純子だが、なぜか職場の同僚(荒木めぐみ)からはイイことがあったでしょ、肌のツヤが違うとニヤニヤと指摘してくるのだった。

 

30歳を目前に控えた純子(寺坂光恵)が、卵子提供ヴォランティアの登録で偶然鉢合わせになった従妹の葵(川合空)と、「秘密」と生活とを共有することになった顚末。
30歳という年齢を控えて焦燥感に駆られる女性の境遇を、30歳までとの条件の付いた卵子提供ヴォランティアに重ね合わせて描く点が巧妙。
種の保存のような大義とは関係のない生き方があって当然だという論理的な思考が、小さな子供に抱き締められることによって生じる感情によって揺さぶられてしまうという描写にリアリティがある。
排卵、生理が出産に結び付かないなら無駄ではないかという嘆きは悲痛だ(卵を使った演出のシーンは素晴らしかった)。2017年に上演された風琴工房の舞台『アンネの日』(脚本・演出:詩森ろば)でも描かれていたように、生理の負担は大きく、例えば生理用品の経費も通算すると膨大な額に上る。ある調査で生徒・学生の2割が金銭的理由で生理用品の入手に苦労した経験があることが判明するなど、近時ようやく「生理の貧困」も明るみになってきている(藤沢美由紀「生理用品 無料配布へ動き」『毎日新聞』2021年4月3日15面)。なお、ケン・ローチ監督の映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)では、シングルマザーの貧困も描かれている(食料配布所のシーンが忘れられない)。