可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ビバリウム』

映画『ビバリウム』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のベルギー・デンマークアイルランド合作映画。98分。
監督は、ロルカン・フィネガン(Lorcan Finnegan)。
原案は、ギャレット・シャンリー(Garret Shanley)とロルカン・フィネガン(Lorcan Finnegan)。
脚本は、ギャレット・シャンリー(Garret Shanley)。
撮影は、マクレガー(MacGregor)。
編集は、トニー・クランストゥーン(Tony Cranstoun)。
原題は、"Vivarium"。

 

鳥の巣から、雛の背に押された卵が1つ落ちる。雛の背に押し出された別の雛が1羽巣の外へ落とされる。餌を運んできた「親鳥」よりも大きいカッコウの雛が、「親鳥」を食べるほどに大きな口を開く。

小学校の低学年の教室。ジェマ(Imogen Poots)が生徒たちを前に立ち、お遊戯を始める。背の高い木になろう。綺麗な緑の葉を茂らせています。ジェマを真似て体を動かす生徒たち。何の音かな? そう、風が吹いているよ。あ、嵐が来た!
放課後、生徒たちが下校する中、ジェマも校舎から出てくる。顔見知りの保護者(Danielle Ryan)がジェマに声をかける。住まいは見つかったの? まだよ。値段が上がるみたい。これから見に行くの。ジェマは高い木下で一人佇んでいる少女(Molly McCann)に気が付く。どうしたの? 彼女の足元には雛が落ちていた。巣から落とされたちゃったのね。自然の世界にはこういうこともあるのよ。ジェマに宥められた少女は立ち去る。すると木の枝が揺れて「樹」がジェマに語りかける。梯子を使って樹の上でジェマを待っていた恋人のトム(Jesse Eisenberg)だった。トムは樹から降りてくると、雛に土を被せてやり、怪しげな祈祷を行う。ほら、一緒に祈ろう。
トムがジェマの車のルーフに梯子を固定すると、二人は不動産屋を目指す。二人が入った店は、両側の壁に全く同じ形の緑色の家が4つずつ並んでいた。雲が浮かんだ青空のパネルも1つ1つの模型に取り付けられている。奥のデスクに座っていた店員(Jonathan Aris)が二人のもとにやって来る。ちょっと見てるだけなの。で、あなたは? 店員が手を差し出す。ジェマよ。握手をしながら答える。彼は恋人のトム。手を差し出されたトムは握手しようとしない。お会いできて光栄ですよ、ジェマ、トム。貼りついたような笑顔を浮かべて見せる。ジェマは店員の胸の名札に目をやる。こちらこそ、マーティン。ヨンダーはすばらしい団地です。必要なものは何でも手に入ります。購入希望者が我先にと殺到ですよ。引き笑いするマーティン。何だコイツはという表情を浮かべるトム。マーティンは続ける。郊外なんてとお思いでしょう。素敵な方々が移ってくる予定で、多様なコミュニティーになりますよ。どこにあるの? 遠すぎもせず近すぎもせず、丁度よいところです。お望みならお連れします。お車は? あいにく、とトムが言いかけたところで、ジェマが外に停めてると答える。私の車に付いて来て下さい。後日をお望みなら調整いたしますが、ヨンダーの物件はいつまでもご用意できるわけではございません。家を探してはいるんだけれど…。結構ですよ、見るだけでも。行きましょう。
マーティンの車を追って車を走らせるジェマ。ルーディー、ア・メシッジ・トゥ・ーユー、ルーディー、と歌いながら、車は森を抜け郊外へ。店で見た模型と同じ住宅が道沿いにびっしりと並んでいる。マーティンが車を停める。ようこそヨンダーへ。9番へどうぞ。扉に9と表示された家へと入る。多くの家は理想的に見えるだけですが、ヨンダーの家は理想そのものです。イマ(今)いる部屋がイマ(居間)です。2つの壁の間には十分な空間があります。一人笑うマーティン。冷蔵庫からシャンパンを取り出し二人に勧める。運転しなきゃいけないから、とジェマ。イチゴはいかがです? 運転しなきゃ、とトム。2階には男の子向けの部屋があった。ずっとお住まい頂ける、若い家族にぴったりの家です。お子さんは? いいえ、まだ。マーティンがジェマの声音そっくりに、いいえ、まだと繰り返す。呆気にとられ、顔を見合わせる2人。続いて案内された寝室には、2人分の着替えも置いてあった。階下に降りて裏庭を案内された2人。皆さんはいつ移っていらっしゃるのとジェマが尋ねるが、マーティンの姿がない。家の中に戻って名前を呼んでも反応がない。ドアを開けると、マーティンの車はなくなっていた。2人は立ち去ることにして車を走らせる。ところが、車は9番の家の前に戻っていた。

 

ジェマ(Imogen Poots)とトム(Jesse Eisenberg)が、不動産開発業者「プロスペクト・プロパティー」のマーティン(Jonathan Aris)に案内されて内見に訪れた「ヨンダー」団地の分譲住宅。そこで起きた顚末を描く。

以下では、上述した冒頭以外の内容についても触れる。

特段残酷な描写があるわけではないが、ジェマとトムの置かれた状況は極めて過酷で恐ろしい。書割のような空の下、味や臭いのない清潔すぎる世界に監禁されている。2人のもとに赤子が送られ、彼を育て上げるまでは「解放」されることがない。急速に成長を遂げた少年は2人を常に監視し、2人の口ぶりを真似る。その上、満たされない欲求があれば、それが満たされるまで喚き続ける。これが地獄でなくて何であろう。
ジェマとトムがヨンダーに向かう車で"Rudy, A Message to You"という曲を歌う。その歌詞が伏線となっている。
マーティン役のJonathan Arisのつくる表情が、得体の知れなさや薄気味悪さを生んでいる。ヨンダーへの案内人というだけでなく、ヨンダーそのものを体現している。
不動産開発業者の"prospect property"は、「将来性ある不動産」ではなく、「顧客を探す、不動産」なのかもしれない。
雛の死を1人悲しむ少女を演じるMolly McCannは、映画『サンドラの小さな家』(2020)で主人公サンドラの娘「モリー」を演じて素晴らしい。