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芸術鑑賞の備忘録

映画『水を抱く女』

映画『水を抱く女』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のドイツ・フランス合作映画。90分。
監督・脚本は、クリスティアン・ペッツォルト(Christian Petzold)。
撮影は、ハンス・フロム(Hans Fromm)。
編集は、ベッティナ・ベーラー(Bettina Böhler)。
原題は、"Undine"。

 

ベルリン。カフェのテラス席。ヨハネス(Jacob Matschenz)がウンディーネ(Paula Beer)と向かい合っている。何か飲むか、コーヒーでも。居たたまれなくなったヨハネスが席を立ってカウンターに向かう。いらない。ウンディーネがぴしゃりと断るため、ヨハネスは席に戻る他無い。「話がある」って言ったはずだ。「会いたい」とは言わなかった。「会いたい」って言ってたわ。メッセージに残ってたもの。ヨハネスが止めるのも構わず、ウンディーネは電話に残された音声を確認する。ウンディーネの表情が険しくなる。ヨハネスに着信が入る。行かなきゃ。行かないで。あなたを殺さなきゃならないわ。立ち去ろうとするヨハネス。仕事があるから、ここで待っていて。30分して私が戻ったら愛していると言って。ウンディーネは席を立ち、早足で通りを渡る。カフェの向かいにある歴史ある建物が職場だった。通用口を抜け、守衛(Christoph Zrenner)と挨拶を交わし、階段を上る。踊り場の窓からは向かいのカフェのテラス席が見える。ヨハネスは席から立ち上がり、イライラした様子で電話をしている。彼が立ち去らないことを祈っていると、守衛から声がかかる。皆さん、ガイドが始まるのを待っていますよ。ロッカーで白のブラウスと黒のスーツに身を包むと、ネームプレートを手に「ベルリン都市模型展示場」に向かう。皆さん、ようこそ、ベルリン州政府の都市開発住宅局へ。皆さんはドイツ語が堪能とのことですから、本日はドイツ語で解説します。中央にあるのはベルリン中心部を縮尺500分の1で表した模型です。1990年の東西ドイツ統一以前の建造物は白で、東西ドイツ統一に計画された建造物は茶で塗り分けられています。表面に装飾がないものは建設予定のものです。今、どこにいるかお分かりの方、いらっしゃいますか? 一人の女性がそれに応じて、現在地を模型の中で指し示す。ウンディーネの位置から見ると、たった今、窓からカフェのヨハネスを眺めたのと全く同じ構図になった。凍り付くウンディーネ。あのう、正解ですか? …え、ええ。ウンディーネDDRの東ベルリン都市計画の模型の案内に移る。建物のファサードの色遣いを見て懐かしがる方もいらっしゃいます。アメリカのモダニズムの建築に対抗して先進的な建築デザインを追求し…。ガイドを終えたウンディーネは急いでカフェに戻る。テラス席にヨハネスの姿は無かった。念のため、建物の中の席も確認するが、誰の姿も無かった。カトラリーの棚の上には大きな水槽が設置されているのが目に入る。緑色の海藻の中を10匹ほどの金魚が泳ぎ周る、その中心には潜水士のフィギュアが置かれていた。先ほどのガイド、面白かったです。コーヒーを飲みませんか。ダイバーをしているという男(Franz Rogowski)がウンディーネに声を掛けてきたが、彼女は無反応。電話を落としたのに気付かない彼女のために電話を拾ってやるが反応がない。男が諦めて後ずさりながら立ち去ろうとしたところ、棚にぶつかってしまい、カトラリーがバラバラと落ちる。男がしゃがんで拾い集めていると、彼の上の水槽のガラスに亀裂が入る。ウンディーネが慌てて彼を引っ張るが、ガラスが割れて大量の水が2人を押し流し、床に倒してしまう。男がウンディーネの胸に刺さったガラス片を取り除く。何をしてくれたんだ。保険には入ってるんだろうな。カフェの店員(Enno Trebs)が怒鳴りながらやって来た。2人は顔を見合わせて微笑む。

 

ウンディーネ(Paula Beer)とクリストフ(Franz Rogowski)との恋の行方を描く。
冒頭、ウンディーネが別れ話を切り出すヨハネス(Jacob Matschenz)に対して殺すことになると穏やかでないセリフをさらっと告げるところから、水の妖精・ウンディーネの物語を下敷きにしていることを暗示している。
ウンディーネは歴史研究者であり、ベルリンの中心部にある「ベルリン都市模型展示場」でガイドをしている。彼女自身の口からベルリン(Berlin)の名称の由来がスラブ語の「沼地」にあることが語られて、ベルリンと水の妖精との繋がりが示される。また、西郊にあったベルリン王宮(Berliner Stadtschloss)がベルリンの発展に伴って中心となったという「中心の再構築」や、戦災によって失われた王宮が再建されて「フンボルトフォーラム(Humboldtforum)」(博物館)になったという「形態は機能に従わない」といったウンディーネが語るトピックには、水の妖精の物語を現在の都市を舞台に描き直していることを暗示する。
クリストフがダムの潜水作業中に大ナマズを目撃する。大ナマズは伝説のメタファーであり、クリストフは、伝説(の意義)を摑まえることのできる人物である。だからこそ彼はウンディーネと心を通じ合わせることもできる。そして、クリストフのように伝説がパッケージする教訓に耳を傾けることの重要性を作品は訴えるのだ。
邦題を『ウンディーネ』とせずに『水を抱く女』とすることで、「水の精霊」のみならず、仄かなエロスやタナトスのイメージを引き出したことを評価したい。