可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『街の上で』

映画『街の上で』を鑑賞しての備忘録
2019年製作の日本映画。130分。
監督・編集は、今泉力哉
脚本は、今泉力哉大橋裕之
撮影は、岩永洋。

 

茶店のテーブルに一人座って本を読むシーンが4人分、連続で流れる。
荒川青(若葉竜也)の部屋。テーブルの上には切り分けたチョコレートのケーキ。恋人の雪(穂志もえか)の誕生日のプレートも添えられている。テーブルの向かい側の椅子に座る雪を、床に座る青が問い詰める。俺の知ってる人? 言えない。ちゃんと話してくれないと別れることになるけど、いいの? いいよ。俺は良くない。いいよ、私は浮気相手人と付き合うから、青は私のことを恋人と思ってくれたらいい。青は話し合いが無駄だと悟り、雪を帰らせる。
古着屋のカウンターで青が本を読んでいる。若いカップルが入ってくる。試着させてもらっていいですか? どうぞ。カウンター脇のカーテンがかかるスペースを案内する。男(遠藤雄斗)が試着しているのを待つ女の子(上のしおり)は何故か沈痛な面持ちだ。青が声をかけようとすると、カーテンが開き、男が青に似合っているかどうか確認する。青い地に沢山のネコがプリントされたシャツは、長髪の男に似合っている。いいですね。男がもう1枚のシャツを試着する。女の子は具合が悪そうな表情を浮かべて前屈みになる。青が声をかけようとすると、再びカーテンが開く。白と赤紫のシャツは男には大きすぎるて合っていなかった。さっきの方がいいですね。すると、女の子はこっちがいいという。茂にうまくいって欲しくない。店員さんのアドヴァイスで告白がうまくいったら恨みますよ。彼氏がいるから無理だって。で、うまくいかなかったら、朝子と付き合うからさ。俺にとって朝子は不動の2番手なんだよ。
青が下北沢の夜の街を歩いている。ラーメン屋に入り、テーブル席で一人ラーメンをすする。カウンター席でラーメンを食べている女性(村上由規乃)が気になった。ライヴハウスにふらっと立ち寄ってみる。男(マヒトゥ・ザ・ピーポーの)の弾き語りを聴いていると、涙を流す女性(カレン)の横顔に目を奪われた。表に出て煙草を吸おうとするが、ナップサックの中に煙草が無い。すると、泣いていた女性がやって来て、煙草を1本もらえないかと声をかけてきた。僕も無いんです。すると、その女性は、別の男性からメンソールの煙草を2本もらい、1本を青に渡してくれた。煙草に火を点け吸い始めるや否や、知り合いを見つけた女性は、灰皿スタンドを離れていった。劇場の前に掲げられたポスターを見ていると、自転車に乗った警官(左近洋⼀郎)に路上喫煙を見咎められる。俳優さん? 違います。演劇、興味あるの? 別にありません。僕の姪がね、あんまり歳が離れてないんだけど、姉の夫の連れ子でね、舞台女優やってるんだ。好きなんだけど、三親等だからね。このことは誰にも話さないでよ。複雑すぎて説明できませんよ。良かった、賢くなくて。

 

下北沢で生活する荒川青(若葉竜也)が邂逅する人々とのやり取りを描く。青がちょっとした(?)面倒に巻き込まれていくのを、緩やかなコメディタッチで描いて飽きさせない。
恋人の雪(穂志もえか)や、古書店の店員・田辺(古川琴音)、バーのマスター(小竹原晋)、カフェの店長(芹澤興人)といった行きつけの店のスタッフとのやり取りに、街の中で偶然出くわした人たちとのやり取りが並列されることで、最初は見ず知らずの相手との距離がときに縮まり、軽い会話を楽しむ関係から相手の言動に嫉妬を覚える関係まで、粗密の差異の生じる不思議ないし一種の奇蹟を浮かび上がらせる。
荒川青(若葉竜也)と城定イハ(中田青渚)が「控室」(イハの住まい)で交わされるやり取りが、二人の空間を覗き見るようなリアリティがあって圧巻。
『街の上で』というタイトルが印象的。『街で』や『街にて』にしなかったのは、"in the town(in der Stadt)"ではなく、"on the town(auf der Stadt)"の"on(auf)"を介して「舞台上」を表す"on the stage(auf der Bühne)"を連想させるためだろう。街を舞台とした芝居であることを示すのみならず、作品の舞台となる下北沢が劇場の街であることを暗に示している。