可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『アオラレ』

映画『アオラレ』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ映画。90分。
監督は、デリック・ボルテ(Derrick Borte)。
脚本は、カール・エルスワース(Carl Ellsworth)。
撮影は、ブレンダン・ガルビン(Brendan Galvin)。
編集は、マイク・マカスカー(Michael McCusker)、スティーブ・ミルコビッチ(Steve Mirkovich)、ティム・ミルコビッチ(Tim Mirkovich)。
原題は、"Unhinged"。

 

雨が降りしきり、寝静まった住宅街には、時折雷鳴が轟くだけ。1台のピックアップトラック。運転席に座る焦躁した様子の男(Russell Crowe)が車内の時計に目をやると、午前4時を回ったところだった。落ち着こうと錠剤を取り出して飲み下した男は、マッチを1本取り出して火を点け、燃え尽きる様子をじっくり眺めた。左手の薬指に嵌めていた銀の指輪を外して後部座席に投げ捨てると、ドアを開ける。雨の打ち付ける車外へ出ると、男はすぐに濡れ鼠になった。ハンマーと銀色の灯油缶を手にした男は、目の前に立つ住宅へ向かう。玄関前に立った男はハンマーをドアに打ち付け始める。ドアを破壊して屋内に侵入したところへ住人が現れる。ハンマーを男性に向かって振り下ろすと、その奥にいた女性が悲鳴を上げる。ハンマーの打撃音が数度繰り返され、音も声も止んだ。男が床に灯油を撒いていく。窓がぱっと明るく輝き、焔が直ぐさま燃え広がった。憔悴した男はゆっくりと車に戻る。運転席からしばし家の燃える様子を見つめると、静かに車を出す。燃え移った火がガレージで爆発を引き起こし、大きな衝撃音が一帯に響き渡る。
スマートフォンが鳴る。眠り込んでいたレイチェル(Caren Pistorius)が目を覚まし、電話に出る。リチャード(Andrew Morgado)がまた訴えを起こしたよ。離婚問題を任せている弁護士のアンディ(Jimmi Simpson)だった。今度は何なの? 家を要求してるんだ。君が手に入れたものだろう。早速、異議を申し立てるよ、いいね? 待って、考えさせて。息子のカイル(Gabriel Bateman)が学校に遅刻だとレイチェルに告げに来る。レイチェルは対応を話し合うためアンディとランチをとる約束をして電話を切る。
ダイニングキッチンではレイチェルの弟フレッド(Austin P. McKenzie)が母とヴィデオチャットをしている。施設の入所の件で話し合おうとするが、母のマイクが音を拾っておらず話し合いにならない。結局母を訪ねることにしてフレッドは通話を終了する。カイルが朝食をとりながら陰惨な事件のニュースを見ているのでテレビを消す。見てたのに。子供が見るものじゃない。フレッドとカイルが話していると、レイチェルが慌ててやって来る。探していた鋏は、キッチンのカウンターに積み重ねられた紙の束の下から出てきた。ゴミはきちんと片付けておいて。収納は積み重ねるのが一番合理的って言うけどな。フレッドは気に留めない。ゴミじゃなくてクーポンなのよ。フレッドの恋人メアリー(Juliene Joyner)も口を挟む。な、メアリーは倹約家でしっかりしてるだろ。倹約家なら家賃も払って欲しいところね。ママの介護にもお金が必要なのよ。事業を起ち上げるところだからさ。カイル、食べ終わった? もういいんだ。
レイチェルとフレッドが車に乗り込もうとすると、向かいに住むロージー(Lucy Faust)と鉢合わせに。車買ったの? ええ。真新しいヴァンの銀色の車体が輝いている。車に乗り込むとフレッドが尋ねる。車を買わないの? じゃあ、買ってくれる? レイチェルは薄汚れた赤いステーションワゴンを発進させる。道は混んでいた。レイチェルはフレッドの制止も聞かず、高速へ車を走らせる。リチャードから電話が入った。カイルは明日の件だろうと喜ぶが、父親から約束を反故にされて落胆する。済まない、新しい職場で、上司に気に入られる必要があるんだ。出来ない約束なんてしなきゃいいのよ。レイチェルはお冠だ。車は渋滞にはまってしまった。デボラ(Anne Leighton)から電話が入る。ごめんなさい、道が混んでて、遅れそうなの。今回ばかりは遅れるわけにはいかないの。別の人にお願いするわ。これっきりね。デボラは、美容師をしているレイチェルの上得意だった。落ち込むレイチェルをカイルが慰める。10分の道を1時間なんて、車も人も多すぎなのよ! レイチェルは、高速を降りて再び一般道へ。信号が青になっても前のピックアップトラックが進まない。レイチェルは信号が変わる前にと、クラクションを強く鳴らすと、急発進して右から追い抜く。追い抜かれたピックアップトラックがレイチェルのステーションワゴンの横に付ける。運転手が後部座席のカイルにパワーウィンドウを下げるよう促す。カイルは窓を開ける。サングラスを外した運転手が、カイルに語りかける。少年、礼儀に適ったクラクションの鳴らし方を知っているか?

 

レイチェル(Caren Pistorius)が青信号になっても発進しない前の車にクラクションを強く鳴らし追い抜いたところ、その車の運転手(Russell Crowe)とトラブルになり、思いも揺らぬ大惨事に発展してしまう。
レイチェルの身には朝から次々とストレスを生じさせる出来事が積み重なっていく。離婚に関わるいざこざ、年老いた母親の世話、子育て、同居人との摩擦、近所の人との生活格差、時間に追われる中での交通渋滞。顧客の喪失。何かの拍子に一気に感情が溢れ出してしまういっぱいいっぱいな状況に至る道程を映し出していく。
ピックアップトラックの男もまた、追い詰められた状況にありながら、社会から黙殺されていると感じてひどく鬱屈していた。レイチェルに対し、激しくクラクションを鳴らされたことを注意するとともに、信号の変わったことに気が付かなかったことを詫びるが、男に明白な落ち度があったと考えるレイチェルはクラクションの鳴らし方について謝罪しない。レイチェル(の反応)は、男にとって、自分を真っ当に扱わない社会の象徴となり、別れた妻を襲撃して箍が外れていたこともあって、憎悪の捌け口をレイチェルに求めて暴走していくことになる。
レイチェルに対して憎悪をぶちまける男の暴力は容赦がなく、暴走シーンのスピード感と相俟って、緊張感は途切れなく続く。
オープニング・クレジットでは、交通渋滞や運転をめぐるトラブルの実情を捉えた映像などが断片的に紹介されている。日常が一瞬にして惨事に転じてしまう恐怖を描くのであれば、冒頭の、男が元妻を襲撃するシーンの存在がない方が効果的だったかもしれない。