可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 柏田彩子個展

展覧会『柏田彩子展』を鑑賞しての備忘録
銀座K's Gallery-anにて、2021年7月5日~10日。

柏田彩子の絵画16点を紹介。いずれの作品も、紙をずらして貼り重ねた支持体を、それより小さいパネルに取り付け壁面から浮かせることで、支持体の層とそれがつくる影とを画面とともに見せている。

展示室の冒頭に展示されている《ひとつの音楽》は、青灰色や黄土色、茶などで塗られた縦長の画面(380×290mm)の上部に、音楽記号のフェルマータから点を取り払ったような形が青灰色で描き込まれている。新型コロナウィルス感染症が猖獗を極める中では、フェルマータが太陽(日没)のイメージを惹起するするだけでなく、"corona"とも呼ばれる事実に思いを致さない訳にはいかない。「休符」の「延長」が世界を覆い、世界は「ひとつの音楽」を重唱するだろう。
メインヴィジュアルに採用されている《詩編 20-01》は、白く塗った紙を重ねた、正方形(S0号)に近い画面。一番上の層の上側には波板のようなものを貼っている。左下の部分には青く大きな点描を4列配し、右下の部分には黄土色に赤、黒、紺などを塗布した面を置いている。白い波板に施された黒い汚れのような表現や、画面の所々に描き入れられた無造作な線は、支持体の積層が示す時間と相俟って経年変化を感じさせる。タイトルに冠した「詩編」は、展示室冒頭の《ひとつの音楽》の存在と相俟って、詩ないし賛美歌の朗読や詠唱を想起させる。その際、波板はオルガンのパイプないし鍵盤の造形を、さらには波という音そのものの連想へと誘う。図形譜から音楽を読み取るように、鑑賞すべき作品であろうか。「詩編」を冠した作品は展示作品16点中7点を占めている。《詩編 21-01》はくすんだ青で統一された画面の右上に配された白い弧(《ひとつの音楽》に表された点の無い「フェルマータ」に近い)がアクセントとなっており、《詩編 21-06》では焦茶の画面に斜線や波形の細い白線が刻まれ、《詩編 21-04》では灰白色を基調とした画面の中央や右上部に黒灰の短い縦線が無数の音符のように描き込まれている。
《漂流の記憶 005》は、漂流の舞台となる海をイメージさせるためであろうか、群青を基調とした画面の4つの角に「波板」を配している。出展作品全てに共通することではあるが、支持体よりも小さいパネルに取り付けることで、支持体が壁面から浮かされるとともに、支持体の薄さが強調されることで、漂う感覚が高められている。もっとも、《漂流の記憶 005》の画面には、「波板」以外にも三角形のモティーフなどが密に表されているため、くすんだ青い画面に茶色い円弧(点の無いフェルマータ)が浮いている《in the sky》の方が、タイトルのイメージも重なって、浮遊感覚が強く出ている。なおかつ、《in the sky》の左隣に展示されている同じサイズ(650×480mm)の《結晶世界》は、焦茶の画面に大小の三角形(厳密には小さい「三角形」は2辺のみ表されている)を描いたの動きの無いイメージであるため、そのコントラストから前者の軽やかさが際立つ。
《解きがたい謎》は、白っぽい灰青色を基調とした画面の霞みのような表現の中にはっきりと表された、キリル文字の"П"(ロシア語の「ペー」)あるいは"Л"(ロシア語の「エル」)に似たモティーフが目を引く。それは、解決を「促す」(подсказка)ようでも「罠」(ловушка)のようでもある。その右隣に展示されている《地図にない道》という作品の存在は、モティーフの配列から自然と導かれる「獣道」のようなルートを目指すよう、鑑賞者に促すようだ。