可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『エマージング・アーティスト展 (Part 1)』

展覧会『エマージング・アーティスト展 (Part 1)』を鑑賞しての備忘録
銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUMにて、2021年7月3日~11日。

美術手帖』2021年2月号「ニューカマー・アーティスト100」特集で紹介された100組の作家から19名の作家を2期に分けて紹介する企画(2021年7月3日~21日)の前期。青木美紅の刺繍作品12点、浅野友理子の絵画4点、AHMED MANNANの絵画5点、近藤七彩の花器6点、斉木駿介の絵画5点、查雯婷(Chá Wén tíng)の絵画4点、鮫島ゆいの絵画5点、畑山太志の絵画5点、東山詩織の絵画5点、水上愛美の絵画4点の全55点で構成。

鮫島ゆい
《三界のゲニウス》(2021)は、底辺125mm、高さ180mmの鋭角二等辺三角形の画面を持つ。同題・動作サイズの2点があるが、頂角を底角とする二等辺三角形を持つ方の作品は、頂点から反時計回りに角A、B、Cとすると、辺AB上の点Pと角Bからそれぞれ伸ばした線が辺CA上の点Qで直角に交わるように描かれている。その結果画面は、頂点Aを底角の1つとする二等辺三角形APQ、直角三角形PBQ、鋭角三角形BCQの3つに分割されている。これが三界(欲界・色界・無色界、あるいは過去・現在・未来)を表すのであろうか。鋭角三角形BCQの中には、高さの半分ほどの位置に、辺BCと平行となる天板を持つテーブル(?)が描かれ、それにはフラスコのような首部を持つ硝子瓶が置かれている。この硝子瓶は、胴部右下、胴部左上、口部(首部の先)がそれぞれBCQ、PBQ、APQに位置しており、「三界」に跨がっている。瓶に「赤絵式」のように表された人物像(ゲニウスの擬人化?)が見えるPBQが現在であり、「現在」が髪か砂時計の砂のように流れ落ちていくBCQが過去、白を基調に明確な形をとらず混沌としたAPQが未来であろう。それならば、硝子瓶は輪廻を繰り返す人を象徴するものかもしれない。幾何学的形態、古代的なモティーフ、精神性とを混合することで鑑賞屋を読み解きに誘う作品となっている。

青木美紅
《小人の自画像》は、ウィリアム・ハンターのコレクションを中核とするハンタリアン博物館の所蔵品を方形の白いクッションに刺繍で写した作品。建物と樹木を背景に、右手に杖を持ち正面向きに立つ人物の顔と衣装以外は暗色が支配する画面だが、ラメ糸がポップな印象を作って陰鬱な雰囲気とは無縁である。《足が4本ある羊》もハンタリアン博物館の所蔵品に基づき、横向きの羊の形をしたクッションの片面にラメ糸の刺繍を施している。裏面には、動脈・静脈を表すと思しき赤や青の糸が白い布越しに見える。刺繍による模写は、迂遠なようでも、過去に学ぶ(=まねぶ)ための所作であるとともに、例えば「抱き枕」のように、対象を視覚のみならず触覚的にも私有化・私物化することを可能にする。さらには、遺伝子の「転写」のイメージを含んで、オリジナルとの相違(エラー)を呼び込むだろう。

AHMED MANNAN
《蝙蝠が傘と熱》は、緑色の画面に、犬(?)のような頭部と人間のような下半身を持つコウモリを描いた作品。画面の上端がWの形に広げられる一方、画面の下は2箇所で絞られることで、支持体自体が翼を広げたコウモリの形状をしている。頭部はともかく、足は明らかにコウモイとは別物で、翼は垂れ下がるマントのようだ。下腹部に女陰から飛び出す陰茎を持つのは、翼を持ち、哺乳類でありながら鳥類のような飛翔能力を持つこと、すなわち境界上の存在であることを両性具有に象徴させているのだろう。《サファリゾーン》には、サヴァナらしき場所に、ワニのように口を大きく開いた狼(?)が横向きに宙に浮くように描かれ、その下には四肢を開いた獣の姿が表されている。「狼」の開いた口と同じように「く」の形に絞られる画面や、四肢を開いた獣を描くために取り付けられた画布など、モティーフのため世界(≒画面)を自由に改変してしまう手法が心地よい。

東山詩織
《Boundary line》は、画面をいくつもの直線で区切った中を、"ʌ"の形のテント(?)、丸や紡錘状の緑(樹冠ないしトピアリー)、筆記体の"e"のような連なり、格子やネット、色とりどりの矩形などが埋め尽くし、クローンのように似た長い髪の女性たちが随所に姿を見せている作品。繰り返しや連なりのモティーフは唐草文様のような豊饒の象徴だ。"ʌ"の形のテントは陰唇や陰裂のメタファーとなっており、そこから姿を表す女性は、単為生殖によって誕生した存在であることを表す。葉や茎ばかりで花が描かれていないことからも、「受精」を媒介にしない生殖が裏付けられていると言えよう。全てが計画通りに管理された社会、一種のユートピアの表象である。

浅野友理子
《よなよな餅草摘み》は、画面の中央に緑銀の櫛目の内側を持つ淡香の擂り鉢を、周囲に緑の蓬を配している。蓬を摘まむ右手(右腕)、擂り粉木、赤紫の花を付ける茎が、画面中央の擂り鉢へと視線を誘導する効果線のように働いている。