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芸術鑑賞の備忘録

映画『サムジンカンパニー1995』

映画『サムジンカンパニー1995』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の韓国映画。110分。
監督・脚本は、イ・ジョンピル(이종필)。
撮影は、パク・セスン(박세승)。
編集は、ホ・ソンミ(허선미)とチョ・アヌル(조한울)
原題は、"삼진그룹 영어토익반"。

 

1995年。韓国はキム・ヨンサム大統領が国際化の方針を打ち出し、英語学習熱が高まっていた。早朝のウルチロの通勤者の人波の中にイ・ジャヨン(고아성)の姿がある。彼女もまた英語を学んでいた。"I am Lee Ja-young. My English name is Drothy. I like apples." チョン・ユナ(이솜)の姿も見える。"My name is Jung Yuna. My English name is Michelle. My hobby is reading mystery stories. I love myself." 露天商のおばちゃんからトウモロコシを買っているのはシム・ボラム(박혜수)。"My name is Shim Boram. My English name is Sylvia. My hobby is singing. I like my friends." 荷物を抱えて倒れたところを、ジャヨンとユナ抱き起こす。"I work for Samjin Company. I think Samjin group is the best. My dream was a career woman. My dream comes true!"
サムジン電子の人気の無いオフィス。デスクの上には吸い殻の溜まった灰皿や書類が散乱している。ジャヨンはヘアゴムで髪をまとめると、今日も頑張ろうと気合いを入れ、ブラインドを開け、ゴミを捨て、モップをかける。ジャヨン同様、高卒の女性社員たちはそれぞれの部署で清掃を行うと、給湯室に集まってインスタント・コーヒーの準備をした。コーヒー、ミルク、砂糖の配合を上司の好みに合わせて入れていく。やった、12秒! 準備の最短記録達成に悦に入るジャヨン。ユナが皆に質問する。なぜ女性が働くか分かる? 産業革命のときには、人手不足だったから。でも今は賃金が安くて済むから。妊娠したらお払い箱。総務部のキム先輩(이봉련)がそうだったでしょ? 彼女が私達の将来像なの。私は結婚しないで代理になる! ジャヨンは言い張る。3カ月以内にTOEICで600点を取得すれば昇進させるとの通達が社内に掲示されていた。昇進させるなんて信用できない、リストラ候補を探してるんじゃない? だいたい今辞めていくらもらえると思ってるわけ? ボラムが暗算する。1100万ウォン! 大卒なら数倍はもらえるわ。あー、会社辞めて海外行きたい。ヨーロッパに高飛び! パリでショコラとクロワッサン!

 

ソウルにある一流企業・サムジン電子。その生産管理3部に所属するイ・ジャヨン(고아성)は、部内の資料の管理能力に長けるだけでなく、社員のニーズを把握した半歩先の対応を人知れず行っていた。だが、彼女は大卒ではないために雑用しか任されず、後輩のチェ・ドンス(조현철)の部下に甘んじている。3カ月以内にTOEICで600点を取得すれば昇進させるとの通達に発奮した彼女は、洗濯機から独立した乾燥機の開発という夢を実現するためにも、英語の勉強に励んでいる。ジャヨンはドンスとともに、常務に栄転した会長の息子オ・テヨン(백현진)の荷物を引き取りに、彼の前任地であるオクジュの工場へ向かった。水槽の金魚を廃棄するのは忍びないと近くの川に放流しようとしたジャヨンは、大量の魚が浮いているのを発見する。

イ・ジャヨン(고아성)は、清掃、資料管理、飲み物やタバコの補充その他、部内の人々の仕事が円滑に進むために必要なあらゆることに行き届いている。のみならず、後輩のチェ・ドンス(조현철)にホン・スチョル課長(이성욱)に報告させるオクジュ工場の排水問題では、書類の作成能力でも手腕を発揮する。ソウルで働きたいと努力を重ね、一流企業のサムジン電子に就職した彼女は、愛社精神に富んでいる。愛する会社が社会に害悪を引き起こすことを知り、葛藤する。
チョン・ユナ(이솜)はもともと秘書をしていたが専務との関係がこじれてマーケティング部に配属となった。コピーやコマーシャルに関する課題解決能力も有している。シニカルな態度をとるのは、高卒の女子社員の置かれた状況を踏まえ予防線を張っているためである。推理小説マニアで、名探偵よろしく、しばしば疑問文で会話を切り出す。第一発見者を疑うなど定石を踏む推理手法で、ジャヨンらとともに会社の不正の全容解明に尽力する。
シム・ボラム(박혜수)は数学の能力に長けており、会計部での経理業務を迅速にこなしている。もっとも、会社から要求されるのは、数字の帳尻合わせであり、部下思いのポン・ヒョンチョル(김종수)部長の退職も相俟って、仕事に空しさを感じている。
一般職のジャヨンらの存在は、業務の円滑な進行に不可欠で、周囲からも頼りにされているが、人事評価には反映されず、自らのアイデアを実現する権限も無い。何かを実現するためには、総合職の社員を介してアプローチする他ない。
工場の汚水流出調査をめぐる不正を摑んだジャヨン、ユナ、ボラムが密かに探偵するうち、社内の権力争いのみならず、会社支配をめぐる企業の暗躍など、会社をめぐる闇が次々と明らかにされて、3人は、自分たちの力を遙かに上回る力と対決せざるを得なくなる。
サムジン電子がフェノールを流出させた後の抗議行動を描いた場面では、会社建物の前の抗議行動で破壊された自社製品などをジャヨンらが片付けるシーンがある。日本の刑事ドラマ『踊る大捜査線』では、発砲事件の捜査の際、道端を這い回って薬莢を探し回ったり、交通整理をしたりと、所轄警察署署員の地道な仕事が描かれたことを想起させた。
原題は、英題"Samjin Company English Class"が直訳に近い。ジャヨン、ユナ、ボラムを始めとする一般職の女性たちが受講する英語の講習会(講師役:타일러 라쉬)のこと。『サムジンカンパニー1995』という邦題は、80年代のアメリカ社会を背景とした『ワンダーウーマン 1984』(2020)の影響もあるのだろうが、例えば「サムジン電子の英語講習会」のようなタイトルより、作品をうまく伝えている。
1991年に起こった洛東江フェノール汚染事件(낙동강 페놀 오염 사건)がモティーフの1つとなっている。