展覧会『荒川弘憲個展「Jamscape Insectcage」』を鑑賞しての備忘録
Room_412にて、2021年7月3日~11日。
展示室の入口側で映像作品《Jamscape Insectcage》を上映し、スクリーンの奥の空間では絵画と立体作品とを展示する、荒川弘憲の個展。
《Jamscape Insectcage》は、多数のプラスティック製の飼育ケースや虫籠を設置した、周囲を樹木で覆われた山間部の空き地を撮影した約30分の映像作品。青や黄緑の蓋ないし籠や、透明のケースが草地に置かれ、あるいは木に吊されている景観の中、飼育ケースの中を確認してみたり、近くにいた虫を捕らえて飼育ケースに入れてみたり、結露した飼育ケースに指を滑らせてみたり、飼育ケースを通して周囲の光景や空を眺めてみたり、カマキリの巣を手にしてみたり、クモの巣に触れてみたり、一帯を散策したりする。それら作家の動きが、主に作家自らの視座で切り取られている。絵画・立体作品の展示空間とを仕切る黒い布に投映される映像は角丸長方形(大雑把にオーヴァルとも言える)の画面で、ゴーグルないしシュノーケリング・マスクを連想させ、主観的映像であることが強調される。雑木林を切り拓いた風景にこれと言った見所はない。その場所で特段、事件が起きる訳でもない。虫籠や飼育ケースを家に見立てて、宅地造成や過疎化、とりわけ空き家の問題のアナロジーと解することも出来なくはない。だが、作品の核にあるのは、例えば、飼育ケース越しに見る空に流れる雲に虚を突かれるといった微細な感動体験である。作家の映像を通して、恰も茶室の躙り口を通り抜けるように、鑑賞者は飼育ケースの中に入り込まされる。飼育ケース越しの映像は、虫の目線の獲得である。それは、作者の虫を愛でるという所作の模倣でもあり、微視的な変化への感応を可能にする。鑑賞者はグレゴール・ザムザとなり、展示室という虫籠を這いずり回る。