可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 髙木優希個展『ゆうれいのいないところで』

展覧会『髙木優希個展「ゆうれいのいないところで」』を鑑賞しての備忘録
ARTDYNEにて、2021年7月2日~18日。

絵画15点で構成される髙木優希の個展。

展示作品中、最も大きな画面(1280mm×2250mm)の《Room》は、中央に置かれたチェストで半分に仕切られた部屋を描いている。カーテンを閉めた上に遮光ロールスクリーンが下ろされて暗い空間の中、チェストの上のレターケースなど収納ケース、ボトルなどが照明によって浮き立つ。チェストの左側の空間には、枕やクッションの載ったベッドが置かれ、チェストとの間には本や箱を積み重ねた山がいくつかあって床を占拠している。ベッドサイドの壁際には小さな棚があり、その上にはエアコンが設置されている。右側の空間には壁に向かってデスクが置かれ、その上の棚からはファイルが飛び出している。椅子や収納ケース、抽斗などの他、、デスクや壁には棚板のようなものも立てかけられている。多くのものが乱雑に溢れる空間でありながら、どこか静謐な印象を受けるのは、白と青みがかったグレーで濃淡を表したモノトーンの世界だからだろう。そしてベッドとその上のクッションなど、直線的な形を持たないものではっきりするが、この部屋は紙粘土やスチレンボードで作られた模型がモティーフになっている。模型であることを示すために画面左上・右上・右下には模型の端(スチレンボードの断面)と周囲の闇とが示されている。さらに、本作品では他の出展作品に比べ判断しづらいが、焦点の合っている部分とそうでない暈けた部分とによって、模型を写真で撮影した上で、絵画にしていることも仄めかされている(例えば、本作品のデスクのあたりのみを描いた《勉強机》という作品では、画面奥の勉強机に焦点が合わされているため、手前に位置するチェストはかなり暈けている)。すなわち、描画の対象を模型、写真、絵画と三段階の工程を重ねることで表現しているのである。模型として造形する際に文字情報などが省略されて形だけが浮かび上がり、写真に撮ることで陰影ないしグレースケールの平面に変換され、絵画に描くことでその世界は作家の色に染められることになる。屋根を描かず部屋の斜め上から俯瞰する構図は、やまと絵の吹抜屋台に通じるものがある。室内の静寂を表す点ではヴィルヘルム・ハンマースホイの作品を想起させる。生活の場から人の存在だけが消し去られることで、廃墟の美術史に連なる作品とも言えそうだ。模型と書割との類似や「照明」の当て方から舞台装置を連想させつつ、役者=人物の不在が「吹抜屋台」の視点と相まって、鑑賞者にアヴァターとしての人形=役者を立ち回らせる「ドールハウス」の空想を誘う。そして、展示会場の白い展示壁は、作品中のスチレンボードとのアナロジーによって、鑑賞者の「人形」と同期させるだろう。鑑賞者のイメージする「人形」こそが「幽霊」である。展覧会のタイトル「ゆうれいのいないところで」は、その不在を強調することで、かえって「幽霊」の召喚を強く促す。
模型、写真、絵画と三段階の工程でモティーフを写す作品群の中で、小さい画面(910mm×1167mm)の《Room》や《棚のある部屋》に登場する姿見は、映る(あるいは映ってしまう)ことを増幅する。
《no title》と題された作品群は、明暗を表すのに用いる基調色が緑や黄などと異なるが、いずれも、天井や壁や柱などのつくる線・面により画面を分割して見せる抽象絵画の面白さがある。