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芸術鑑賞の備忘録

映画『ブラック・ウィドウ』

映画『ブラック・ウィドウ』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。134分。
監督は、ケイト・ショートランド(Cate Shortland)。
原案は、ジャック・シェイファー(Jac Schaeffer)とネッド・ベンソン(Ned Benson)。
脚本は、エリック・ピアソン(Eric Pearson)。
撮影は、ガブリエル・ベリスタイン(Gabriel Beristain)。
編集は、リー・フォルソム・ボイド(Leigh Folsom Boyd)とマシュー・シュミット(Matthew Schmidt)。
原題は、"Black Widow"。

 

1995年。オハイオ州の郊外にある緑豊かな住宅街。木立の中の車道をナターシャ(Ever Anderson)が自転車で通り抜けていく。遊んでいる子供たちの脇を通ると、軽く手を挙げて挨拶を交わす。家に戻ったナターシャは自転車を置くと、林の中に入って口笛を鳴らす。「妹」のイェレーナ(Violet McGraw)が口笛を吹いて答える。イェレーナがブリッジの姿勢をとる。逆さまだよ。ナターシャも同じ姿勢になって、勝負を持ちかける。私が勝つよ。ナターシャはイェレーナを笑わせて、姿勢を崩させる。ほら、言った通り。イェレーナはずるいとナターシャを追いかけるが、途中で転んでしまう。ママー! 「母」のメリーナ(Rachel Weisz)が現れ、イェレーナを抱き起こす。痛い思いをしないと強くなれないわ。日が落ちて茂みでは蛍が飛び交い始めた。「生物発光」って言うの。さあ、夕飯にしましょう。家に入り、メリーナが「夫」のアレクセイ(David Harbour)に声をかけると、彼は「妻」に1時間後に出発だと告げる。食卓に着いたアレクセイが「妻子」に向けて語り出す。いつか大冒険に出発するって話してただろう? 遂にその時がやって来たぞ。幼いイェレーナは笑顔を見せる。だが、事情を知るメリーナとナターシャは悲痛な表情を浮かべざるをえない。アレクセイは食事もそこそこに席を立ち、慌ただしく準備を始める。メリーナがアレクセイが手にしたディスクを目にして確かめる。それだけなの? ああ、残りは焼却した。イェレーナが履くものがないというのを裸足でいいとアレクセイが連れ出し、ナターシャが写真アルバムを持ち出そうとするのをメリーナが止める。一家4人を乗せた車は、アメリカンフットボールの競技場など郊外ののどかな光景が広がる道を行き、やがて徐々に人気のないあたりへと進んでいく。いつもの曲をかけてよ。後部座席に座るイェレーナがアレクセイにせがむ。「父」はカセット・テープをセットする。ドン・マクリーンの「アメリカン・パイ」が流れ出す。"This'll be the day that I die" 人気のない夜の農場に着くと、アレクセイはビニールハウスに格納してあった飛行機を運び出す。ナターシャは降車の際にサンバイザーに挟んであった「姉妹」の写真を取り出す。メリーナが操縦席に着き、「娘たち」も飛行機に乗り込む。アレクセイは銃を構えたまま周囲の様子をうかがう。回転灯を点けた警察車両が近づいてきた。メリーナが飛行機を発進させる。アレクセイは銃撃しながら飛行機の後を追う。警察官の発射した銃弾の1つがメリーナの方に命中し、「母」の指示のもとナターシャが操縦桿を握る。飛行機は警察車両に挟み撃ちにされるが、間一髪、離陸を果たす。アレクセイは翼に捕まり、何とか飛行機に乗りこむことができた。飛行機が向かったのはキューバだった。空港に降り立ったアレクセイは作戦の総指揮を執るドレイコフ(Ray Winstone)にディスクを手渡す。負傷したメリーナは「姉妹」が不安げに見守る中、兵士たちによって担架で運ばれた。兵士が妹を連れ出そうとすると、ナターシャは咄嗟に銃を奪い、イェレーナを守る。アレクセイがナターシャを説得して銃を下ろさせる。俺の娘たちは世界最強だ。二人はきっと支え合える。だから大丈夫。首筋に鎮静剤を打たれた「姉妹」は兵士に担がれて連れ去られた。ドレイコフは孤児の少女を拉致し、適性を持つ者を「レッドルーム」で自らの意のままに操れる特殊工作員「ブラック・ウィドウ」に仕立て上げていた。

 

ナターシャ・ロマノフ(Scarlett Johansson)は、ドレイコフ(Ray Winstone)の率いる「レッド・ルーム」で特殊工作員「ブラック・ウィドウ」として訓練されたが、組織を抜け出してドレイコフを暗殺することで「レッド・ルーム」を壊滅させた。創設に加わったヒーロー組織「アヴェンジャーズ」が解体し、ソコヴィア協定違反として国際指名手配を受ける羽目になったナターシャは、密かにノルウェーに渡った。メイソン(O-T Fagbenle)から提供を受けた潜伏先を覆面の暗殺者に襲撃されたナターシャは、車に積んでいた化学薬品が暗殺者の狙いだと気付く。辛うじて襲撃を逃れたナターシャは、化学薬品のケースの束に挟まれた「姉妹」の写真を見付ける。ナターシャはブダペストに移り、同じく「ブラック・ウィドウ」となった「妹」のイェレーナ(Florence Pugh)との再会を果たす。

以下、全篇について言及する。

アレクセイ・ショスタコーフ(David Harbour)はドレイコフからの指令を受け、科学者で「ブラック・ウィドウ」であるメリーナ・ヴォストコフ(Rachel Weisz)とともにオハイオに3年間滞在した。アレクセイとメリーナは任務遂行を円滑に進めるため、ナターシャとイェレーナを「娘」として「家族」を装っていた。
「ブラック・ウィドウ」のイェレーナは、モロッコで「レッド・ルーム」を裏切ったオクサーナ(Michelle Lee)を殺害するが、その際、オクサーナが噴出したガスによって化学的な洗脳を解かれ、自分の過ちに気が付く。イェレーナはナターシャに化学薬品を送り届ける。
ナターシャは、ドレイコフを暗殺することで「レッド・ルーム」を壊滅させたと思っており、イェレーナに再会するまで、ドレイコフが生き延びて「レッド・ルーム」も存続していることを知らなかった。また、ナターシャは、ドレイコフを暗殺する際、偶然居合わせた彼の娘アントーニャ(Ryan Kiera Armstrong)もろとも建物を爆破したことを悔やんでいる。
ナターシャは、「父」アレクセイ、「母」メリーナ、「妹」イェレーナとの結びつきと、アヴェンジャーズという、2つの疑似「家族」を極めて大切なものと思い、なおかつ、暗殺者として命を奪った過去の行動に対する後悔の念が重くのしかっている。映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)での彼女の決断を導くことになった背景が、本作で明らかにされている。
少女時代の口笛やブリッジ(逆さまで見る)が、「再会」後に繰り返されることで、「姉妹」の結び付きが強調されている。姉妹の結び付きを描くシーンはこの映画を味わい深いものにしているが、とりわけ、イェレーナがナターシャの「決めポーズ」をからかう件は秀逸である。それは作品の自己批評であるのみならず、ナターシャのアヴェンジャーズとしてのアイコニックな性格を際立たせる。誰もいない場所で一人イェレーナがポーズを真似して「絶対わざとやってるよな・・・」と独り言ちて笑いをとりつつ、ポスト・クレジットの「継承」を予告している。
「ブラック・ウィドウ」たちは化学的に洗脳され、それを解くガスによって自分の意思を持って行動する。女性が自らの意識を変えることで、「ガラスの天井」のような社会慣行を打ち破って、自由に行動できるとのメッセージが込められている。例えば、極めて能力の高いアントニア(Olga Kurylenko)が、あっさりとガラス張りの空間に閉じ込められてしまうのは発想が縛られている女性を象徴していよう。
オハイオから脱出する際、一家が車中で聴くDon McLeanの"American Pie"は作品にモティーフを提供している。"When I read about his widowed bride"(ブラック・「ウィドウ」)や、"a pink carnation"(メリーナの住まいをドレイコフの部隊が襲撃する際にアレクセイが撃ち込まれる)など。
血のつながりのない家族の情愛による結びつきを訴えるという点では、映画『万引き家族』(2018)と共通する。
原則として「ヒーロー」の力に頼らず姉妹の力で逆境を乗り越えるという点では、映画『アナと雪の女王』(2013)と共通する。