映画『返校 言葉が消えた日』を鑑賞しての備忘録
2019年製作の台湾映画。103分。
監督・脚本は、ジョン・スー(徐漢強)。
撮影は、チョウ・イーシェン(周宜賢)。
編集は、ジエ・モンルー(解孟儒)。
原題は、"返校"。英題は、"Detention"。
1962年の中華民国。共産主義者を発見したら通報するのが義務である。スピーカーががなり立てる。壁に「嚴禁集黨結社」と掲示された道を、制服に身を包んだツイファ高校[翠華中學]の生徒たちが登校している。俯いて歩くファン・ルイシン(王淨)の姿もある。校門では、軍事教練・行動管理・政治教育を担当するバイ教官(朱宏章)が生徒に睨みを利かしていて、男子生徒・女子生徒が左右に分かれ、教官に挨拶して入構していく。ヨウ・シュンジエ(潘親御)が帽子の鍔を下げてすり抜けようとしたところ、バイ教官が呼び止める。帽子をきちんと被りなさい。慌てて帽子を被り直すシュンジエ。鞄の中身は何だ? 動揺するシュンジエ。教官! ウェイ・ジョンティン(曾敬驊)が駆けつけ敬礼する。鞄を開け! ジョンティンは咄嗟にシュンジエの鞄からプータイシー[布袋戲]の人形を取り出す。何故こんなものを持ち込むんだ。後で教官室に来い。ルイシンがちょうど校門を通り過ぎるところで、ジョンティンと目が合う。シュンジエはジョンティンとともに校舎に向かいながら助かったと感謝する。
生徒たちが静かに校庭に集まり、整列する。ホワン・ウェンション(李冠毅)は、ともに国旗掲揚係を務めるジョンティンに小声で話しかける。またファン・ルイシンを見てるのか? 俯き黙るジョンティン。ウェンションはシュンジエが秘密をばらしてしまうのではないかと懸念を伝える。ジョンティンは問題ないと請け合う。国旗掲揚! 楽団の演奏とともに2人は少しずつロープを引っ張って青天白日満地紅旗を上らせていく。
ジョンティンが周囲に気を配りながら校舎の階段を昇り、物置として用いられている部屋に入る。積み上げられた椅子の間を抜け、奥の扉を決まり通りにノックする。ウェンションが慎重に扉を開け、ジョンティンを通す。そこは国民党の禁書を読む「読書会」の会場だった。チョウ・シン(李沐)らが既に集まっていて、禁書の書写などが行われていた。シュンジエは台詞を口にしながら人形を操っている。歴史教師のイン・ツイハン(蔡思韵)が、ラビンドラナート・タゴールはインドの大詩人であるとともに植民地主義に反対した人物であることを紹介し、彼の詩を朗読して聞かせる。
1962年、中華民国には戒厳令が布かれ、反政府的な言論や自由主義的な書籍を厳格に禁じられていた。違反者は厳罰に処せられ、死刑が適用される場合もあった。
ジョンティンが逆さ吊りにされて水責めを受けている。
ツイファ高校の女子生徒ファン・ルイシン(王淨)が目を覚ますと、そこは自分の眠っている机以外に何もない暗い教室で、外では雨が降っていた。赤い蝋燭に火を灯し、廊下に出ると、人の気配のない校舎の教室には封鎖の張り紙が貼られ、どこからか女子生徒の嗚咽が聞こえる。美術教師のチャン・ミンフイ(傅孟柏)の姿を見かけたルイシンはその跡を追うが、先生と声をかけても反応がなく、扉の向こうに姿を消してしまう。ルイシンが扉を開けようとしても開かない。そのとき、廊下の後方に、彼女と同じ背格好の女子生徒が現れる。
戒厳令下の中華民国では、国民党政府による言論弾圧が行われていた。ツイファ高校の禁書の読書会の存在が密告によって明らかとなり、メンバーや密告者が死に追いやられたというモティーフを通じて中華民国の負の歴史を描くに際し、国民党政府の手先として高校を支配する教官らを怪物として表すなどホラー作品の寓話に仕立てるのみならず、女子生徒と美術教師との叶わぬ愛を重ねることで、鑑賞者を広く取り込もうとしている。映像の組み立てにもひねりがある。
台湾の白色テロを題材にした作品だということ以外は知らずに鑑賞したので、「ホラー映画」調は意外だった。もとより「原作」がゲームだったことも知らなかった(ゲームに疎いので、ヒットしたという同名のホラーゲームの存在も全く知らない)が、それを知って、なるほどキャラクターが廃校のような場所を探索するうちに鑑賞者もまた「真実」に辿り着くゲーム類似の構造であったのかと膝を打った。
日本の敗戦によりその統治に終止符が打たれ、「祖国復帰」が歓迎されたが、国民党(≒外省人)の支配は本省人の期待を裏切るものであった。その不満が爆発したのがニ・ニ八事件であったが、国民党政権はかえって白色テロにより批判の声を圧殺した。今、その時代をダーク・ファンタジーとして描くことは、台湾に香港を重ねることを容易にしただろう。
(漫画も疎く、楳図かずおの『漂流教室』は冒頭しか読んだことがないが、)濁流に囲まれていて学校の外に逃れられないことや、読書会の会場となっている倉庫の鍵を借りに用務員の部屋を尋ねるところは、『漂流教室』を想起させるものがあった。