可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『竜とそばかすの姫』

映画『竜とそばかすの姫』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本のアニメーション映画。121分。
監督・原作・脚本は、細田守
作画監督は、青山浩行
CG作画監督は、山下高明
美術監督は、池信孝。
撮影監督は、李周美・上遠野学・町田啓。
編集は、西山茂。

 

シーツに包まって眠っていた内藤鈴(中村佳穂)が自室のベッドで悲鳴を上げて目を覚ます。心配した鈴の父(役所広司)が階下から声をかける。何でも無いと答えてベッドを降りたすずは、朝食を用意しに台所に向かう。いつも食事を取るテーブルの上には、母親の写真が花とともに飾られている。縁側で飼い犬の世話をしていると、仕事に向かう鈴の父が夕食にたたきでもと声をかけるが、鈴は要らないと素っ気ない。鈴は高校の制服に身を包み、豊かな自然に囲まれた家を出る。人気の無い坂を下り、欄干のない橋を渡り、一人停留所でバスを待つ。バスに乗って駅に向かうと、鈴はガランとした車両に揺られる。
高校の中庭では、吹奏楽部のパフォーマンスが生徒たちの注目を集めていた。一際目立っているのがアルトサックスを吹く渡辺瑠果(玉城ティナ)。足細くて綺麗だよね。女子生徒が羨望の声を上げている。鈴の隣にいた別役弘香(幾田りら)が彼女たちをモブキャラ扱いして、辛辣にコメントする。鈴が辟易していると、「カミシン」こと千頭慎次郎(染谷将太)がカヌーを背負って中庭に現れるのが目に入った。「カミシン」はカヌー部に勧誘しようと誰彼かまわず声を掛け、女子生徒たちを引かせていた。その場を離れた鈴は、バスケットボールのコートにいる久武忍(成田凌)の姿に目を留めた。鈴の幼馴染みである忍は、女子生徒の憧れの存在になっていた。プロポーズされたことがあるんだよね。鈴の告白に驚く弘香。
鈴は幼い頃、母(島本須美)とともに歌や音楽を楽しんでいた。ところが鈴が6歳のとき、氾濫した川の中洲に取り残された少女を助けようと、鈴が行かないでと懇願するにも拘わらず、母はライフジャケットを身につけて川に飛び込んだ。少女はライフジャケットのおかげで救出されたが、母は流されて帰らぬ人となった。泣いてばかりの鈴を慰めたのが忍だった。鈴は音楽への愛着を持ち曲を書きためながら、母を失ったショックから自ら歌うことができなくなっていた。
弘香は、全世界に50億人以上のユーザーを持つインターネット・コミュニティ「U」において、「陰キャ」の鈴をアーティストとしてプロデュースすることを企てる。鈴が「U」にログインするためのアヴァター作成に当たって学校で撮影した集合写真を使ったところ、容姿端麗な瑠果が認識されてしまった。迷った挙げ句、鈴はそのまま瑠果のイメージを借用し、鈴を表す英語"BELL"をユーザー名として登録した。ようこそUの世界へ。さあ、もうひとりのあなたを生きよう。さあ、新しい人生を始めよう。さあ、世界を変えよう。「U」にログインしてその空間に没入した鈴は、"BELL"という別の人格になりすました安心感からか、拒絶反応に悩まされることなく、気が付くと歌声を発することができていた。

 

母の死をきっかけに心を閉ざし、人前で歌を歌うこともできなくなっていた内藤鈴(中村佳穂)は、インターネット・コミュニティ「U」でアヴァター"BELL"として生きることで、歌声を取り戻す。歌姫として世界的な注目を集めるようになった"BELL(E)"が大規模なコンサートを開催したところ、「U」の世界を荒らす「竜」(佐藤健)が乱入する。

以下、全篇について触れる。

鈴は、見ず知らずの子供を助けるために身を投げ出す。それは母がかつての行為をなぞるものだ。鈴は母のアヴァターとなり、母と同化する。自分の中に母と同じものを見出す。そのとき、「行かないで」という自らの願いを振り切った母の思いが、鈴の腑に落ちる。トラウマから解き放たれた鈴は、現実世界において歌を取り戻す。
鈴のアヴァターである"BELL"は、歌姫として圧倒的な支持を受ける中で同音の"BELLE"(フランス語で「美女」や「恋人」の意)として認知されるようになる。『美女と野獣(La Belle et la Bête) 』における、「外見」ではなく、その奥にある「真実」を見通すというテーマへと接続される。
作品の冒頭は50億を超えるユーザーを抱えるというインターネット・コミュニティ「U」の紹介と、「U」で歌姫として圧倒的な支持を得ている"BELLE"による"U"という曲の歌唱シーン。「ようこそ」と迎えるインターネット・コミュニティである「U」と映画の世界とのアナロジー、そしてとりわけ魅力的な楽曲と歌声によって、鑑賞者を作品世界に「接続」させるのに成功している。