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芸術鑑賞の備忘録

映画『アウシュヴィッツ・レポート』

映画『アウシュヴィッツ・レポート』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のスロバキアチェコ・ドイツ合作映画。94分。
監督は、ペテル・ベビヤク(Peter Bebjak)。
脚本は、ヨゼフ・パシュテーカ(Jozef Paštéka)、トマーシュ・ボムビク(Tomáš Bombík)、ペテル・ベビヤク(Peter Bebjak)。
撮影は、マルティン・ジアレヌ(Martin Žiaran)。
編集は、マレク・クラーリョウスキー(Marek Kráľovský)。
原題は、"Správa"。英題は、"The Auschwitz Report"。

 

過去を忘れる者は同じ轍を踏む羽目になるのだ。ジョージ・サンタヤナの言葉。
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所。奥に立ち並ぶ平屋の建物は霞み、誰の姿もない。鉄製の門の1つが開け放たれていて、梁に結わえられたロープで首を吊られた男の身体が痙攣してわずかに動く。後ろ手に縛られ、足首もロープで巻かれている。腹の部分には、「やったあ ぼく もどってきたよ(Hurra Ich bin wieder da)」と書かれた板が取り付けられている。
朝、アルフレート(Noel Czuczor)が9号棟を出ると、ちょうど他の収容者が湯気の立つ茶を運んでいるところだった。アルフレートは自分の皿を浸して一杯もらい受ける。収容所の前で騒々しい音がする。皆が一斉にそちらに視線を送る。新たな収容者が到着したらしい。2年前、自らが収容された日のことを思い出す。名前を忘れて番号を覚えろ。アルフレート・ヴェツラーは「囚人番号112240」となり、裸にされて髪の毛を刈られた。洗面所に向かうと、皮膚を傷めた若い男が身体を磨いていた。食事はどうしたのかと尋ねると、皿をなくしてもらうことができず、3日間何も口にしていないという。アルフレートは消毒液代わりに自分の茶を提供する。宿舎の前の2体の遺体が運び出されていた。アルフレートが近づき、手帳に遺体に関するメモを取る。彼は遺体の記録係を務める傍ら、遺体が山と積まれた倉庫の地面を掘って、死者の記録を密かに溜めていた。アルフレートは、ヴァルター(Peter Ondrejička)とともに、資材置き場に掘った穴に隠れて機を窺って脱走し、収容所の現実を国際社会に訴える計画を実行しようとしていた。

 

ルフレート・ヴェツラー(Noel Czuczor)とヴァルター・ローゼンベルク(Peter Ondrejička)がアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を脱出し、収容所の実態を国際社会に訴えようと画策する。

以下、全篇に触れる。

冒頭から首を吊られて痙攣する男の姿や蝋のような遺体の山など、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の過酷な環境が次々と映し出されていく。それは、逃走する2人を送り出す協力者が、収容所に対する爆撃を強く望んでいることなどで強調される。
ラウスマン伍長が足下に向かって棒を何度も打ち付けている。木立の中に首だけ出して埋められた収容者たち。その1人の頭をラウスマン伍長が頭蓋骨が見えるまで殴りつけていた。東部戦線で息子が死んだ怒りと悲しみの捌け口にしたのだ。男前だったのに。妻が不憫だ。ラウスマンが息子の写真を男たちの首に向かって見せる。身内に対して示す深い愛情と収容者に対する冷酷な仕打ちの落差を描く。
ルフレートらの伝える強制収容所の死者数があまりにも膨大なため、赤十字職員のウォレン(John Hannah)が俄に信じることができない。また、報告書の出版が遅れてしまったのも、あまりに事態に信用されないのではないかとの疑いがあったからだという。ホロコーストの惨状に対する同時代人の反応を描くことで、教訓にしようとしている。
ルフレートが資材置き場の穴の中から見る世界が、水たまりに映った逆さのイメージであったり、逃走するアルフレートを捉えるカメラが90度横に傾いていたりすることで、アルフレートの置かれた窮状を表現している。
クロージング・クレジットでは、政治家たちの各種の差別的な発言が紹介される。ホロコーストが過去の出来事では済まないことが訴えられる。