映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ映画。113分。
監督・脚本は、エメラルド・フェネル(Emerald Fennell)。
撮影は、ベンジャミン・クラカン(Benjamin Kračun)。
編集は、フレデリック・トラバル(Frédéric Thoraval)。
原題は、"Promising Young Woman"。
あのゴルフクラブは女人禁制なんだから仕方ないよな。クラブのカウンターで、スーツ姿の3人の男性、ポール(Adam Brody)、ポール(Sam Richardson)、ジム(Ray Nicholson)が、職場の女性社員を腐しながら飲んでいた。ポールが、1人ソファに座っている泥酔した女性(Carey Mulligan)に気付く。白いシャツに黒いジャケット、タイトで丈の短いスカートからはすらりとした足が伸びる。色めき立つ3人。ジェリーが名乗りを上げ、女性に近づいて声をかける。大丈夫? スマホが見当たらなくて。ポールがしゃがんで辺りを確認する。ここにはないね、トイレに置き忘れてない? それはないわ。送るよ。タクシー呼ぶから。でもスマホがないんでしょ? ジェリーは女性とタクシーに乗る。掃除したばかりなんだ、頼むよ。運転手がバックミラーで後部座席の女性が履きそうなのを目にして思わず声を上げる。ジェリーは思い出したように女性に声をかける。家がここから近いんだ、ビールでも1杯飲んでいかない? 女性が拒む様子のないのに安心したジェリーは運転手に住所を告げる。運転手は自分で入力しろとそっけない。まんまと女性を部屋に連れ込んだジェリーはソファに座らせ、果実酒を勧める。グラスを合わせたジェリーは、女性が酔っているのをいいことに唇を奪う。横になりたいの。そう? ジェリーは女性をベッドに連れて行き横たわらせる。ジェリーは女性の顔から首筋へとキスしていく。…何してるの? 大丈夫、心配ないから。素晴らしい身体だと思わず声を上げるジェリーは、スカートの中に手を入れて下着を剥ぎ取る。…何してるの? 何してんのかって言ってんだよっ! 足の間で凍り付くジェリー。
朝焼けの通りを裸足で歩くキャシー。右手には靴とジャケット、左手にはホットドッグ。ホットドッグにかぶりつくと、ケチャップが左手に垂れていく。白いシャツに散った赤い染みもケチャップだろうか。すねに付着しているのも・・・? 通りの反対側から、黄色いベストを身につけた3人組の土木作業員がキャシーを冷やかす。朝帰りかい、おネエちゃん。ここにも硬いのがあるぜ。立ち止ったキャイシーは無表情で3人を正視する。どうした、笑えよっ! 居たたまれなくなった3人はすごすごと退散する。帰宅したキャシーは、手帳を取り出して、数ページにわたってびっしりと並んだ5本ずつ引かれた線に、新たな1つを付け加え、名前のリストにジェリーと書き記す。ダイニングに降りると、スーザン(Jennifer Coolidge)が尋ねる。また帰りが遅かったみたいだけど、どうしたの? 棚卸しがあって…。また棚卸しって、職場に問題があるんじゃない? 母の隣に座る父のモンティ(Timothy E. Goodwin)は笑みを浮かべているがどこか不安げだ。
カフェ「メイクミーコーフィー」。カウンターに両肘を付いて顔を載せているキャシーに、ゲイル(Laverne Cox)が告げる。本社が人を欲しがってるから推薦しといた。なんで、ここ気に入っているのに。キャシーは注文しに来た女性をあしらい、席に返してしまう。キャシーがカウンターで本を読んでいると、男(Bo Burnham)が現れ、コーヒーを注文する。カップにコーヒーを注いでいると、男がキャシーを驚いた様子で見つめる。ミルクは? …キャシーだよね? …大学で一緒だった。何でこんなところにいるの?
キャシー(Carey Mulligan)は夜な夜なクラブやバーで酩酊を装い、簡単にセックスできると思い介抱しに来る男を待っていた。男がキャシーを連れ帰り行為に及ぼうとしたところで、キャシーは豹変し、男を襲撃する。彼女は何故そのような行動を取るのか。
冒頭、クラブで踊るスーツ姿の男性の腰(股間)を捉えた映像に、どこか違和感を覚える。だが、被写体を女性に置き換えれば、ボディラインや姿態を捉えた映像はごくありふれたものだ。最初から、男性の視線を女性の視線に置き換えることで、男性の思考の「当たり前」のおかしさを訴えている。そして全篇にわたり、男性の思考と、それに基づいた社会、さらにそれに適応した(せざるを得なかった)女性の思考の問題を、次々と鑑賞者に突きつけていく。"Promising Young Man"のために消された"Promising Young Woman"の物語。キャシー(Carey Mulligan)がなぜ身の危険を冒して、男を釣るのか。その理由は次第に明らかになり、遣る瀬ない気持ちに襲われる。
「昼行灯」のキャシーこそ、実は極めて有能な「仕事人」であり「アヴェンジャー」である。また、虹色のマニキュアや虹色のウィッグによって、彼女に多様性を許容する社会への希望が重ねられている。
キャシーの幸せな瞬間は、ウェッジウッドのジャスパーウェアのようなもの(とりわけマットなウェッジウッドブルー)で装飾された空間として立ち現れる。それは、彼女の奇矯さを形作る幼さあるいは「ネオテニー」の部分と共鳴した、儚いお伽噺のような世界である。