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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 飯田美穂個展『1QQ1/本をよむ絵、しるしを所有するもの』

展覧会『飯田美穂個展「1QQ1/本をよむ絵、しるしを所有するもの」』を鑑賞しての備忘録
銀座蔦屋書店〔アートウォール・ギャラリー〕にて、2021年8月7日~27日。

読書をテーマとした作品を中心に、名画に対するオマージュとして制作された絵画25点から成る、飯田美穂の個展。

《Reading, Rembrandt 02》(2021)は、レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmenszoon van Rijn)の《Titus van Rijn, de zoon van de kunstenaar, lezend》を下敷きにしている。レンブラントの作品は、椅子に座って読書する息子ティトゥスの上半身を描いている。黒っぽい帽子と服とを身につけているため、薄暗い画面の中で顔と本を持つ手とが浮かび上がる。とりわけ、額と鼻、そして手首が明るく表されている。そしてその明るい部分は、目と本とに対応し、文字を追う不可視の視線を鑑賞者に連想させる。《Reading, Rembrandt 02》は、紙にパステルを用いて、エメラルド・グリーンや朱の背景に表されたティトゥスは、帽子こそ紺と暗めであるものの、服の色は明るい色に変更されている。その結果、レンブラントの作品では目立たなかった前立がネクタイのような帯となり、左腕と胸が作る線とともに、顔から本への導線を作っている。また、伏目が2つの「9」で表されているのが興味をそそる。左右の目で「99」だ。99=100-1。「百」から「一」を引くと、「白」となる。ところで、本作を何より特徴付けているのは、原作を包んでいた闇を、実際に画面を覆う、2枚の寒冷紗のような黒い布によって表している点だ。「闇」=「黒」である寒冷紗越しに、目の「光」=「白」を表すことで、「光の画家」であるレンブラントに対する敬意を表現しているのだろう。

《Reading, Renoir 02》(2021)は、ピエール=オーギュスト・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir)の《La Lecture》が元になっている。ルノワールの作品は、植物の前に置かれたテーブルに向かって座る2人の少女を描いている。画面右下に広げられた本があり、画面右側(奥)にテーブルに左肘を付け、左手の人差し指を唇に当てて本を眺める赤い服の少女が、彼女の右隣(画面手前)に本を手で押さえ頁を見詰める白い服の少女がいる。赤い服の少女は白い服の少女の背中に腕を回しているように見える。植物がすぐ背後に迫る中、密着する2人の少女の姿は、本が一部だけが覗き少女たちの上半身を切り取る構図と相俟って、2人が本の世界に没入する様子を伝えている。《Reading, Renoir 02》では、赤い服の少女の左右の目がそれぞれ「9」で、白い服の少女の横顔の右目が「Q」で描かれている。画面の上下の線に平行に並んだ「9」の下の曲線や、傾いた「Q」を「O」から「Q」に変える直線が、それぞれ少女の本に対する視線を形作っている。2人の「親しい間柄(intimacy)」は、「いい子("9"ood "9"irl(s))」であることに「疑義を容れる(Questioned)」関係へと展開することもあるのかもしれない。

《Reading, Renoir 01》(2021)は、色取り取りの花を飾った麦わら帽子を被った少女が手にした本を座って眺めている上半身を左側面から捉えた、ルノワールの《Jeune Fille Lisant》に取材している。《Reading, Renoir 01》では、少女の前にあった花束(?)が消えるとともに、帽子を飾る花が簡略化され目立たなくされている。その結果、描き込みを少なくして白く塗り残された服と相俟って、少女の姿が青い画面から浮き立っている。そして、少女の右目を表す金色の「9」は、涙が溢れるように絵の具が頬に垂らされているのが印象的である。

《Reading, Kuniyoshi》(2021)は、歌川国芳の《山海愛度図会 つづきが見たい 志州西宮白魚》を引用した作品。浮世絵の画面には、草子を手にする女性像の背後に、「志州西宮白魚」と題された画中画が配されている。『山海名産図会』にある蔀関月の(志州ではなく摂州の)西宮の白魚漁の絵を元にしているらしい。《Reading, Kuniyoshi》では、白魚漁に合わせてか、草子の表紙が鱗文に変えられている。画中画の漁師の姿は消されて吊された網だけが描かれている。そして、何より目を奪うのは、浮世絵に特徴的な唇は残されつつ、女性の顔の中央を占める「Q」だ。目を描いていないのに、元の女性と同様の視線を読み取ることができるのは、顔の角度のためであろうか。「Q」は、消された漁師が手にしていた柄杓の形にも見える。あるいは、画中画の網から、女性の顔の柄杓(=Q)を介して、草子へと白魚(=白い鱗文)を生け捕る、漁の構造を組み入れようとしたのかもしれない。

《Reading, Gogh》(2021)は、フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh)の《Une liseuse de romans》(1888)に基づいた作品。書架の前で本を読む女性を描いたゴッホの作品では、左上に描かれた「黄色い円」が室内を煌々と照らしている(未だ電球は普及していないだろうから、太陽の光か)。それに対し、主題である、赤い服に緑色を帯びたショールをかけた、本に没頭する女性は、逆光のために暗く表されている。それでも同じく逆光になるはずの女性が両手で支えている本の黄色い表紙は明るい。本は啓蒙(lumières)(≒光)を表すのだろう。画面左上に向かって鋭く伸びる女性の左手の人差し、本の並ぶ書棚に立てかけた梯子「太陽」と相俟って、上昇のイメージを生んでいるのも、その解釈の証左となる。《Reading, Gogh》でも左上に黄色い光源が配されているが、室内はオレンジ色の温かみのある光に包まれている。女性の肌、青いショール、赤い服のいずれもが明るく描かれていることも、穏やかな雰囲気を生んでいる。左目の「9」の筆跡が本の頁へと視線を誘う。

《Reading, Manet-Zora-》(2021)は、エドゥアール・マネ(Édouard Manet)の《エミール・ゾラの肖像(Portrait d'Émile Zola)》を典拠とする作品。物に溢れた机を前に、足を組んで椅子に座るエミール・ゾラをマネは横向きで捉えている。室内の暗い画面の中で、ほぼ中央に描かれたゾラが手にする本の頁が白く輝いている。そこから左上のゾラの顔、さらに右上の3枚の絵画などに目が誘導される。絵画群には、浮世絵版画の力士像(2代目歌川国明《大鳴門灘右ヱ門》)、マネの《オランピア(Olympia)》やディエゴ・ベラスケス(Diego Velázquez)の《バッコスの勝利(El triunfo de Baco)》の複製画があり、それとは別にゾラの背後には日本の掛け軸のような絵画も覗いている。《Reading, Manet-Zora-》では、力士像や掛け軸の絵は描かれながら、《オランピア》や《バッコスの勝利》のイメージは消去されている。マネの作品ではテーブルの上に置かれた灰色のパンフレットに"MANET"と記載があり、それが作者の署名代わりになっていたために消去されているのとは理由を異にし、後のマネとゾラとの訣別を示唆するのだろう。ゾラの顔の目の部分は金色の文字「Zora」で占められている。